エピローグー5
上里(三条)美子と永賢尼の母子が、再度山の山頂付近で、そんな会話を交わしている頃、織田信長は久しぶりに、故郷の尾張に帰省していた。
何しろ、オスマン帝国への航海に赴いていたのだ。
日本からの往復に約1年掛かり、更にオスマン帝国への航海で得られた知見等について報告書を書いて、上司に提出させられる、という次第で、すぐに故郷へ帰省しようにも、ままならない事態が生じていた。
だから、すぐには信長は、故郷に帰省できなかったのだ。
そして。
「立派な父の墓を建立しておるな。信勝のやったことか」
「仰られる通りです。ひょっとしたら、一周忌法要にも帰ってこないようでは、兄は日本に帰って来ぬかもしれぬ。兄の帰国まで墓の建立を待つ必要は無い、と強く信勝様が言われまして、土田御前も賛同されて、私では止めきれませんでした」
信長と平手政秀は、そんなやり取りをしていた。
信長は、それこそ鼻を鳴らしそうな顔をしている。
弟の信勝が、父の墓を建立したことが気に食わないのだ。
ちなみに、信長の父、織田信秀が亡くなったのは、1552年の3月末のことだった。
そのために、インド株式会社に就職が決まっていた信長は、父の葬儀のみを執り行い、尾張から大坂に向かわざるを得なかった。
そして、大坂に向かう際に、父の墓については、自分が建立する、と信長は政秀に言い置いたのだが。
信勝は、自分の意向を無視して、父の墓を建立したのだ。
信長は、父の墓を見た瞬間、自分の意向を無視されたことに怒って、思わず父の墓に抹香を投げ付けかけたが、政秀が懸命に止めて、邸に戻った次第だった。
そして、少し時が経って、頭が冷えた信長に、政秀が汗を拭きながら、上記のように事情を説明した。
「まあ、いい」
頭が冷えた信長は、それ以上は口に出さなかったが。
内心では思った。
癇に障るが、今更、父の墓を壊すわけにもいくまい。
その様子を見た政秀は、信長の気を変えようと思い、それとなく縁談を勧めることにした。
「ところで、そろそろ嫁を娶る気にはなりませんか」
「うむ」
信長は、少し考えた末、ある女人を思い浮かべた。
信勝を止めきれなかった政秀を、少し苦しめてやろうか。
「娶りたい女人がいるのだが、政秀、骨を折ってくれぬか」
「信長殿の仰せなれば、全力を尽くして、信長殿の妻に迎えましょうぞ」
信長の言葉に応じながら、政秀は、どんな女人かと興味を覚えた。
「うむ。インド株式会社の同僚でな」
「ほう」
政秀は合いの手を入れつつ想った。
側室として娶られるつもりだろうか、外で働かねばならぬとは貧しい女人だろう。
「清華家の姫君であり、インド株式会社の重役の娘でもある」
「ええっ」
それこそ、尾張の守護代の分家に過ぎない我が織田家にしてみれば、雲上人のような女人ではないか。
政秀は驚愕した。
しかし、そんな女人がいただろうか。
政秀には、すぐには思い当たらなかった。
「インド株式会社の重役、上里松一の娘で、武田晴信の継室、三条の方の猶妹、三条美子を、自分の正室に迎えたいのだ。わしでは釣り合わぬか」
「いえ」
政秀は、やっとの想いで、それだけを口にした。
トンデモナイ縁談ではないか。
そんな方との結婚は無理です、できません、と自分としては即答したい。
それに、三条美子は、源氏長者の久我晴通殿の婚約者とも、自分は聞いているが。
「久我晴通では自分に釣り合わぬ、と三条美子は婚約破棄をした。それなら、自分が娶ろうと思ってな」
信長は朗らかに、政秀に追い討ちを掛けて続けた。
「政秀、今度は自分の言葉を違えるなよ」
政秀は想った。
切腹しろ、と言われた方がマシな気がする話だ。
こんな縁談、まとまるだろうか。
政秀は目の前が真っ暗になった。
第2部完結になります。
次話は、第3部となり、作中では3年余りの時が流れて、1556年の正月明けが舞台になります。
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