第2章ー12
三司官の当時の呼称等については、今一つ分からなかったこともあり、書きやすさを優先して、wikiの一覧から真徳が、張敬修の知人ということにしています。
本来的には、内間大屋子森等の呼称が続くのかもしれません。
更に言えば、真徳の設定は、名前を借りただけといって過言ではありませんので、お含みおきください。
上里松一少尉が、「妙高」の艦上から双眼鏡を使って見る限りでも、首里城や那覇港の近隣が混乱状態になっているのは分かった。
それなのに。
「さて、那覇港に行きますか」
張敬修は、平然と上里少尉に提案した。
「しかし、喧騒が落ち着いてから向かうべきでは」
「いえ、今、向かった方が良いと思います。混乱中に話を持ち掛けた方が、琉球王国側も動転して話を受け入れようという心理になるでしょう」
「そういうものですか」
上里少尉としては、少なからず大丈夫なのか、と思わざるを得なかったが、実際に那覇港に向かって交渉役を務める張敬修がそういう以上、高木武雄少将や山澄貞次郎大佐に、その旨を上申した。
高木少将や山澄大佐としても、大丈夫なのか、と思わざるを得なかったが、実際の交渉に当たる張敬修がそう言うのならば、それに賭けてみよう、という心理になった。
それに戦わずして、琉球王国が屈服してくれるならば、それが最良なのは間違いない。
念のために、上里少尉に水兵10名を同行させ、「妙高」の艦載艇である6メートルの通船(伝馬船)を使用して、張敬修は那覇港に向かうことになった。
すると、更に張娃までがこれに同行するといい出し、それに張敬修も積極的に賛同したため、毒を食らわば皿まで、ではないが、ここにある意味、家族3人と水兵10人(?)で、那覇港に向かうことになった。
幾ら混乱しているといっても、琉球王国の王宮である首里城の外港といえる那覇港の防備が、完全に疎かになる訳が無い。
那覇港に向かう通船上で、上里少尉が見ていると、通船が那覇港に向かうにつれて、那覇港の警備兵と思われる面々が慌てて集い、更に弓を構えて、自分達にそれを向けるのが、あからさまに分かった。
だが。
「矢を射ないで。私は琉球生まれの張娃です」
と琉球古来の衣装を身に付けた12歳の少女の張娃が、まずは叫び、
「三司官の真徳殿をお呼びいただけませんか。旧知の貿易商人の張敬修です。何としても、直接にお話したい事態が起きました」
と声を限りに、張敬修が叫ぶと、弓を構えた面々が、顔を見合わせながら弓を下ろし、更にその中の2人が、首里城方面に向かって走って行くのが、遠目ながらに上里少尉は見えた。
そして、それを見ながら。
「思った通りになりましたな。琉球の服を身に付けた少女が射ないで、と叫び、更に三司官(琉球王国における宰相的な地位の行政官)の知己だ、と叫ぶ者が来ては、警備兵の判断で攻撃は出来ません」
そっと、そう張敬修は上里少尉にささやいた。
「ね、私も役に立ったでしょう」
更に張娃まで、父を見習ってささやいてきた。
上里少尉は苦笑いをしながら、思わざるを得なかった。
トンデモナイ父娘だ、これは速やかに逃げないと、逃げられなくなるのは必至だ。
とはいえ、上里少尉も任務上、確認しないといけないことがある。
「ところで、本当に三司官の一人と面識があるのですか」
上里少尉は沖縄出身なので、琉球王国の官位等がある程度は分かるのだ。
三司官の一人、真徳と張敬修が知り合いとは、とても思えない。
小国とはいえ、その宰相と密貿易商人が知り合いになるだろうか。
「ええ、10年余り前、真徳殿の息子がバカなことをしまして、私が真徳殿に頼まれて、色々なところに働きかけた末に揉み消したのですよ。真徳殿が、その恩義を忘れる筈がありません」
「ふむ」
上里少尉は、ささやくような張敬修の答えに、それ以上は聞くべきではない、と直感的に判断した。
張娃の年齢を考えると、実は、という話が転がり出そうだ。
表立って言えないとはいえ、三司官の孫娘と自分は婚約したのかもしれない。
これは尚更、琉球王国のために自分は陰働きをせねばな。
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