第13章ー31
だが、城塞内にいるポルトガル軍(及び逃げ込んだ民間人)が、節食に努めたことは、更に厄介な事態を引き起こした。
節食と言えば聞こえはいいが、結局のところは、人が食べる食料の量が減らされるということである。
理性ではやむを得ない、と分かっていても、感情的には、空腹に襲われて、いわゆるイライラ等が募るのは半ば当然の話になってくる。
そして。
「いやあ、酒でも酌み交わして寛ぎたくなってくるな」
「ここは最前線ですが」
「だからこそだ。我々が飽食しているのを見せつければ、ポルトガル軍にとっては堪るまい」
武田晴信大尉は、攻囲陣の最前線において、わざと日本軍が飽食しているのを籠城しているポルトガル軍に見せつけるということを、鬼庭良直中佐に提案、了解を得た上で、実施していた。
武田大尉の発案したこの作戦の共同実施役をさせられている山県昌景少尉にしてみれば、最前線というこんな場所で、と思うのだが。
武田大尉は気にする風もなく、それこそ最前線に程近い場に炊事場を設けて、将兵一体となって食事を作っては飽食するのを、ポルトガル軍に見せつけるようなことをしている。
山県少尉の耳に入る噂によると、この武田大尉の作戦は、鬼庭中佐の大隊では評価されているが、戸次鑑連中佐の大隊では評判が悪いらしい。
こんな心理作戦、軍人が執るのはどうか、と上杉景虎少尉とかは、半ば公然と非難しているとか。
だが、その一方で、山県少尉の心の一部は、この作戦が効果的なのを理解できてしまった。
攻囲側が飽食しているのを見せつけられては、籠城側はイライラが募る一方になるだろう。
かと言って、城塞から打って出るのも困難だ。
籠城側の方が数は多いとはいえ、それは将兵以外を含めた数に過ぎず、実際の将兵の数は、我々日本軍の方が2倍近い数を誇っている。
更に言えば、寝返ったコーッテ王国軍も、日本軍に味方するだろう。
こうしたことからすれば、城塞からポルトガル軍が打って出た場合、準備万端を整えている日本軍の逆撃を受けて、城塞内部に攻め込まれて、あっさり城塞が陥落するという危険も考えざるを得ない。
いや、その危険が余りにも高すぎる。
ポルトガル軍は城塞内での籠城を続けて、武田大尉のこの作戦を看過するしかないのだ。
山県少尉は、ポルトガル軍が心理的に追い詰められて行かざるを得ない、と考えざるを得なかった。
実際、この作戦は、ポルトガル軍のイライラを更に高めることになったが、ポルトガル軍には続けて、更に深刻な事態が起こり出した。
想定以上の人員を抱え込んだ結果、水不足に籠城側は陥っていて、少しでも雨水を貯める等の努力をすることにしたが、8月、9月は余り雨が降らないのだ。
そのため、籠城側は渇きにも苦しみがちになった。
そして、飢渇の苦しみは、籠城した人間の衰弱を招いた。
こうして心身が弱ったところに、牙を向いた存在がある。
それは伝染病だった。
汚い話になるが。
人間は飲食するのは、まだそれなりに我慢できないこともないが、排泄はどうにもならない。
そして、予定の倍の人間が籠っているのだ。
そのために城塞内の衛生環境は、あっという間に悪化してしまった。
取りあえず、ある程度、排泄物が溜まったら、土で埋めて等の対策を講じることになったが、それこそモノには限度がある。
城塞内から、徐々に排泄物の悪臭が立ち上りがちになるのは止むを得ない話となった。
それこそ、風向きによっては、武田大尉らが飲み食いしている場所にまで、悪臭が漂う惨状である。
そう言った時は、さしもの武田大尉らも飲み食いを中止せざるを得なかった。
だが、臭いだけなら、まだしもだった。
城塞内で、とうとうアメーバ赤痢が発生したのだ。
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