第13章ー30
更にポルトガルにしてみれば困ったことに、そういった城塞内部の事情は、コーッテ王国の一部に既に知られていたのだ。
と言っても、それこそ、この度の日本との本格開戦直前まで、コーッテ王国とポルトガルは完全に同盟関係にあったのだ。
だから、同盟国である以上、ポルトガルの機密が、コーッテ王国に、ある程度は把握されていたのは、仕方のない話としか言いようが無かった。
それに、そもそも論から言えば、コロンボはコーッテ王国の領土だったのだ。
だから、コロンボの一角にあるポルトガルの城塞の井戸の位置や水量等も、コーッテ王国の一部にしてみれば、自明の情報に過ぎないとも言えた。
勿論、城塞内に更に井戸を掘削等して、水を汲みだしやすくすること位はできる。
だが、地下水の量等には限りがある以上、井戸を掘削しても、城塞内での水量が劇的に増えるようなことは期待できる話ではないのだ。
更に城塞の規模から、どの程度の人員が収容可能なのか、というのは、大体の概算ができる。
勿論、概算であり、細かくは分からないが、それでも多くとも2千程度しか、籠るつもりは無いという予定で、城塞が整備されたと言うのは、コーッテ王国の一部からの情報提供が無くとも、日本軍の士官で見る人が見れば分かる話ではあった。
だから。
「こんなところに大量の人員が籠っては、自滅の道を早めるだけだろう」
「この際、遠巻きに攻囲の陣を敷いて、兵糧攻めにするのが、我々の損害を減らす道だな」
そんな感じの会話を、戸次中佐と鬼庭中佐は交わし、事実上、既に日本側に寝返っているコーッテ王国と協力して、城塞の攻囲陣を日本軍は築くことになった。
何しろ、寝返りを行ったという後ろめたさもあるのだろう、コーッテ王国から積極的に食糧等の無償提供が、日本軍に対して行われる有様なのだ。
食料等が無償提供され、兵士が飽食して、腰を据えた攻囲作戦が行える中、補給が途絶した籠城軍を無理攻めして、損害を積極的に出す必要は皆無である。
戸次中佐と鬼庭中佐が、そう判断して攻囲作戦を行い、城塞を兵糧攻め等にするのは当然と言えた。
しかし、だからといって、事実上の初陣を果たした上杉景虎少尉や吉川元春少尉にしてみれば、こんな攻囲作戦、戦理の面からは当然の話ではあるが、ある意味、退屈極まりない作戦だった。
「気分的には積極的に攻めたいな」
「全くだ。退屈だ」
吉川少尉に至っては、あくびをかみ殺して愚痴りつつ、攻囲陣で警戒する始末となった。
だが、それでは済まなかったのが、籠城しているポルトガル軍とキリスト教徒の面々だった。
城塞に籠城してすぐに、籠城したポルトガル軍の面々の血相が変わる事態が起きた。
「城塞内に食料が余り無い」
ポルトガル軍の指揮官の多くが真っ青になる話だった。
事前の計画というか、書類上では、2千の軍勢が半年は飽食できる食糧が備蓄されていた筈だった。
しかし、実際に籠城してみると、その半分程しか食糧が城塞内には無かったのだ。
何故にこんな事態になったのか。
それこそ、軍の腐敗と兵の逃亡の結果だった。
ポルトガル軍の一部の士官は、私腹を肥やそうと、いわゆるピンハネや横流しを平然と行っていた。
また、籠城前に風向きを読んで逃亡したポルトガルの兵は、逃亡後に生き延びるために、こっそり食糧等をできる限りくすねた上で逃げていた。
その結果、城塞内に食料等が乏しい事態が招来されてしまったのだ。
このままでは、城塞内に4千近い人間が籠っている以上、2月も経たない内に、城塞内では飢餓地獄が発生するということになりかねない。
城塞内に籠城しているポルトガル軍上層部は協議の末に、最初からできる限りの節食に努めることになった。
ご都合主義と言われそうですが、この頃の軍隊では腐敗が付きものでした。
だから、ピンハネや横流しは日常茶飯事の話なのです。
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