第1章ー1 我々はどこにいるのだ
第1章になります。
いきなり、過去に赴いた場合、更に、傍に説明役(?)がいない場合、こういった大混乱に陥って当然の気がします。
1941年12月7日から、8日に変わる午後11時59分前後、その異変は起こった。
「うっ、眠い」
夜間見張員等、当直等で起きていた者、また、対米英戦争開戦を前にした緊張感から、どうにも眠れずにいた者等々、起きていた面々全員が、いきなり意識を瞬間的に失いかけた。
眠りに入ろうとしていた者の面々については、そのまま寝入った者がほとんどだったが。
当直等で起きていた面々は、何とか起きよう、と努力し、一時的には意識を失ったものの、その努力のほとんどが報いられて、意識を取り戻したが、起きた者の多くが、空を見上げた際に、驚く羽目になった。
「何が起こっている」
眠る前、意識を失う前と比べて、月の位置が異なっていたのだ。
月齢18の満月から欠けつつある月が、空にあった筈なのに。
意識を取り戻して見上げた空には、月齢10から11と見られる月が、先程とは違う位置にあった。
念のために、ということで、艦船内の時計を全て確認しても、それだけの時間が流れた形跡はない。
慌てて当直の下士官兵は、上官を起こす羽目になり、更に起こされた上官も、自身が月の位置を確認して、慌てふためく羽目になった。
そして。
更に、相次いで、奇怪な状況に、自分達があることが判明しだした。
まず、一切の(いわゆる人間が発する)電波が傍受できなくなった。
欧州が第二次世界大戦下にあり、多くの国の電波が、報道管制等の下に置かれているとはいえ、ここまで静かな筈が無かった。
更に、星図を念のために確認すると、星の位置までもが、星図とずれていることが判明しだした。
ここに、大東亜戦争の開戦へき頭、いわゆる南方攻略作戦の為に動いていた大日本帝国陸海軍上層部は、自らが異常な状況下にある、と徐々に推測せざるを得なくなった。
「一体、何がどうなっている。僅かな時間の間に、月が満ち欠けする等、あり得る筈がない」
第25軍司令官である山下奉文中将は、参謀長の鈴木宗作中将に尋ねていた。
月の位置が違い、更に満ち欠けまでもが違っている、という当直士官からの報告を受け、自らも月がその通りの状況にあることを確認して、自分達が異常な状況に置かれていることを確信せざるを得なかった。
「全くです。ですが、私にも分からないものは分からないとしか」
鈴木中将としても、困惑せざるを得ない。
「まず、第一の問題は、このような状況で、マレー侵攻作戦を発動するかどうかだが」
山下中将は、悩むような声を挙げた。
12月8日、つまり、今日の午前中というよりも、まだ、暁の内に、コタバル、シンゴラ等に、第25軍は上陸することになってはいる。
だから、時間的な余裕は、はっきり言ってない。
だが、そもそも、自分達の視界内にいる部隊以外が、どうなっているのかについて、疑心暗鬼にならざるを得ない。
ひょっとしたら、自分達だけが、このような状況にあるのではないだろうか?
そう山下中将が悩んでいると、参謀の一人の辻政信中佐が、大声を上げた。
「いや、そもそもマレー侵攻作戦の発動云々どころではないのでは?」
「どういうことだ」
「月が違う位置で輝いているという、文字通りの天変地異が、いきなり起きたのです。そもそも、マレー半島自体が存在していない可能性もあります」
山下中将の問いかけに、辻中佐は、そう答えた。
「確かに」
山下中将は、そう言わざるを得ず、司令部の面々も、無言で顔を見合わせた。
「取りあえず、無線で各所の部隊と連絡が取れるのか、それを確認しませんか。無線封鎖を完全に破ることになりますが、こんな状況に陥って、無線封鎖も無いでしょう」
辻中佐は強めに発言した。
その気迫に圧され、第25軍司令部は無線連絡を試みることになった。
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