第13章ー11
真田幸綱少佐は、キャンディ王国の首都にたどり着いて、王宮に入る際には思わず自らの姿勢を正さざるを得なかった。
考えてみれば、外国の王宮に自分が入るのは初めてなのだ。
そう言った点で、自分の傍に鬼庭良直中佐がいるのは心強かった。
シャム対ビルマ戦争の前後の2年余り、鬼庭中佐はシャム王国の首都アユタヤに部隊を率いて駐屯し、ビルマがシャム王国の脅威にならないと判断されたことから部隊が撤収した後は、シャム王国に置かれた日本大使館の駐在武官として働いていたことがある。
そうしたことから、外国の王宮に出入りするというのに、そう臆することなく鬼庭中佐は構えていて、それを横目で見て、真田少佐は落ち着くことが出来た。
そして、王宮に入ったが、流石にすぐに上層部と面談という訳には行かないようで、少し待たされた。
鬼庭中佐は泰然と構えていて、同僚の北条綱成少佐も悠々としていたが、真田少佐は少しイラついた。
キャンディ王国の上層部と早く話し合いたいものだ、と真田少佐が逸っていると、鬼庭中佐は真田少佐の内心を察したように口を開いた。
「わざと待たせておるのかもしれんな」
「わざとですか」
真田少佐にしてみれば、少し予想外の考えだった。
「考えてみろ。同盟を結びたい、という要請があって、前向きな返答をしたら、数千という軍勢がすぐに上陸してきたんだ。警戒心が先だって、少しでも様子をうかがいたい、という想いが湧くのも当然だろう」
鬼庭中佐は、世間話をするかのように、それとなく大きな声で言った。
「確かに言われてみればそうですな」
北条少佐も同様に世間話に興ずるかのように言った。
真田少佐は、鬼庭中佐の言葉に慌てて、周囲に目をそれとなく走らせた。
言われてみれば、王宮の使用人だと思って、そう自分は警戒していなかったが、周囲の使用人の物腰が、微妙に物騒な気がする。
いわゆる影の護衛を務める者達が、周囲を固めているのかも。
真田少佐は思わず自分を恥じた。
イラついて、ピリピリしては、相手も警戒して当然だ。
自分が逆に監視されている可能性に気付かないとは。
真田少佐は落ち着いて見えるように、少し姿勢を直した。
鬼庭中佐もそれに気づいたらしく、それでいい、と目で語った。
「とはいえ、単に黙って待つのも飽いた。王国上層部に話をする際に間違いが無いように、お互いに少し話をするか。日本が国外に展開している兵力等についてな」
鬼庭中佐は、他の2人に話を振った。
「日本国外に展開している陸軍兵力は、常駐させているのが独立歩兵3個大隊で、マニラ、シンガポール、バンダアチェに、それぞれ独立歩兵1個大隊を駐屯させていますな」
北条少佐が最初に語った。
真田少佐も、その言葉に肯いた。
さて、少し補足説明をする。
この当時、日本陸軍は再編成を行っている真っ最中だった。
皇軍来訪後に編制された日本陸軍は、まずは日本国内の治安維持を念頭に置いて整備された。
そのため、外征ということを暫く想定していなかったのだ。
だが、日本国内が完全に安定し、いわゆる東南アジアが日本の勢力圏として、マラッカ攻略作戦やシャム対ビルマ戦争等によって確立されると、そう言う訳には行かなくなる。
とはいえ、外征を行うとなると、それなりどころでは無い手間がかかる。
こうしたことから、考えられたのが、独立歩兵大隊という存在だった。
連隊規模以上となると、外征に使うのには、現時点で大きすぎる。
かと言って、中隊規模以下では、どうにも小兵力だ。
大隊規模にすれば、純然たる戦闘兵力が約1000人近くになり、補給部隊を入れれば、約1500人余りになる。
この程度の兵力が外征を行うのに手頃だろう、という考えに至ったのだ。
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