第2章ー8
そんな上里松一少尉の想いを、婚約者は分かっているのか。
「私は、あなたの将来の妻なのですから、悩みを話してください」
と、しばしばませた口調で言ってくる。
「張小姐(張お嬢さん)、その想いは有難いが、軍人として他人に話してはならない事案なのです」
と答えることで、上里少尉は、婚約者に内心の悩みを伝えられないのだ、と誤魔化している。
まさか、その婚約者が、自分の最大の悩みのタネ等、言えるものでは無かった。
そして、上里少尉は。
「あいつ、あそこまで女に手が早い奴とは思わなかったな」
「幼女に手を出すとは、海軍士官の風上にも置けん」
「いや、幼女の方が惚れ込んでいるように見えるな。天然の女たらしだったとは」
と滅茶苦茶、同僚の評判が暴落する羽目になっていた。
なお、少なからず気の早い話をすると、この娘、張娃は、半ば押しかけ女房だった訳だが、最終的にほだされてしまった上里少尉と数年後に結婚して、上里愛子と名を変えて、夫婦は添い遂げることになるのだが、余りにも先過ぎる話になるので、話を戻す。
上里少尉は、そういった事情から、張敬修父子と共に沖縄(琉球)に向かうことになり、その間に張父子が把握しているこの世界情勢を聞くことにもなった。
何しろ、上里少尉が見る限り、張敬修は海軍内の自分の地位(士官である)自分のことを、未来世界では将来有望な若手貴族の一人と見込んだことから、娘を妻にと勧めたのでは、という節があるのだ。
確かに、自分は海軍少尉であり、中学校の同級生の中では、現時点における出世頭といえるが。
地元ではそれなりの有力な農家、地主だったとはいえ、華族とは程遠い存在の自分としては、居心地が悪いこと、おびただしい話であった。
それはともかく。
「日本の情勢は、どうなのでしょう」
「将来の娘婿、身内の頼みということから、マニラの住民で、何人かの情報通にも尋ねましたが、内乱状態であり、注意を払って行く必要がある程度のことしか、私には分かりませんでした」
「ふむ」
「私も、知り合いに尋ねてみたけど、同じ程度だったわ。ただ、ミカドが今もおられる筈だって」
「それは、私の知り合いの情報通も言っていました。ショウグン、日本国王がミカドの委任を受けて、まつりごとを執り行っていたが、ショウグン家の争いから内乱が起き、各地に在地勢力が割拠している。だが、ミカドはおられる筈だと」
3人は、日本の情勢を整理していた。
上里少尉は、沖縄(琉球)に向かう上層部に報告する必要もあり、頭の中を整理した。
こういった点において、商売上の必要もあり、武装交易商人は、それなりには正確な政治情勢を把握している筈だ。
そして、身内にウソを吐く理由もない。
だから、おそらく日本は、史実同様の戦国時代にあることは間違いない、そして、足利幕府が誰が将軍になるかの対立から混乱に陥り、内乱状態にあるのだろう。
史実通りなら、応仁の乱か、明応の政変が起きたため、といったところだろう。
なお、こうした点について、上里少尉は、にわか勉強を半ば強いられてしまっている。
幾ら、小中学校で歴史をある程度は学んだとはいえ、そんなに詳しく16世紀の歴史が分かる訳が無い。
だから、歴史に詳しいと自称する者にまで、教えを乞い、一夜漬け、いや数夜漬けの歴史の勉強を、上里少尉は強いられたのだ。
何しろ、張父子の話が理解できないと、そもそも上官への報告もできないからだ。
上里少尉は、張父子の話から、日本には、ほぼ天皇陛下がおられるようだ、と確信に近い推測は出来た。
だが、どこにおられるのかが、問題だ。
史実通りに、いわゆる京の都におられるのか、それとも史実と異なる場所におられるのだろうか。
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