第90章―11
さて、所は変わって。
「本当に5人も産めるのね。自分のことながら信じられないわ」
「それにしても、3人も男が産まれるとは、次代については心配する必要が当面は無さそうだ」
無事に帝王切開によるお産を終えた後、ベッドに横たわりながら、美子中宮陛下は傍に居る夫の今上(後水尾天皇)陛下に語りあっていた。
本来ならば、中宮陛下がお産を終えた直後といって良い頃に今上陛下と逢うことは無く、中宮陛下が宮中に戻ってから逢うのが当然なのだが。
横紙破りといってよい今上陛下は、
「お産を終えた妻に逢いたい想いに駆られるのは、身分の上下を問わずに当然のことだ。夫が妻に逢いに行くのが何処が悪い」
と言い張って、お産を終えた直後の中宮陛下の下に来ていたのだ。
又、二人の傍にはラジオが置かれており、人類初の月面到達を断続的に伝えている。
やがて、ラジオからは宇宙飛行士が歌う「君が代」が流れて来た。
「あざとすぎるわね。織田(三条)美子伯母様は、止めなかったのかしら」
「こういうのは、あざとくやった方が良い、と(彼女は)言っていたな」
「そう」
お産の疲れから、余り元気のない中宮陛下は、今上陛下とそんなやり取りをした。
中宮陛下は想った。
本当に伯母様は派手好きだから、恐らく夫の(織田信長の)影響なのだろうが。
更に言えば、中宮陛下なりの推測で、本当なのか否かの確認すら、するつもりはないが。
自らの出産と人類初の月面初到達を、ほぼ同時に行うことで、多胎児を忌む報道を事実上は圧殺するということを考えついたのは、美子伯母様だろう、
更には、それをトラック基地長官で実子でもある上里秀勝に対して、指示(?)までした気がする。
お産の疲れもあって、どうにも気だるげに投げやりな気持ちで、更に中宮陛下は考えた。
ともかく、これ程の事態になっては、私が五つ子を産んだのを非難できる人は誰もいないだろう。
勿論、人の内心まではどうこうできる筈が無いが、少なくとも新聞やテレビ、ラジオ等の場で
「中宮が五つ子を産んだのは忌むべきことで、云々かんぬん」
と誰かが、特に日本人が公然と言っては。
その発言者は、文字通りに命の危険にさらされるだろう。
それこそ人類初の月面到達とほぼ同時に、私の五つ子出産は為されており、それこそ月面からも祝福されているのだ。
そうなっては、北米共和国もローマ帝国も、それ以外のオスマン帝国等の世界諸国も、公然と私の五つ子出産を祝福せざるを得ない。
そういった状況下で、私の五つ子出産を非難する人は、文字通りに世界を敵に回して、命の危険を覚悟するのが必要不可欠だ。
それでも、私の五つ子出産を非難できる人は、本当に命の要らない人だけではないだろうか。
そんなことまで中宮陛下が取り留めも無く考えていると、今上陛下は言った。
「親王が3人も産まれて、更に内親王が2人。実を言うと、名前を余り考えていなかった。産まれてくるのが一人だけで、男女どちらかならば考えれたのだけど、何人生まれるのか、確信できなかったし、男女どちらが産まれるかまで考えると、考え過ぎてしまって、却って決められなかった。勿論、他の者にも相談しないといけないが、どんな名前が良いだろうか」
「そうですね。先に生まれた内親王には和子と名付けてはいけないでしょうか」
「和子か」
「ええ」
夫婦はやり取りをした。
和子、中宮陛下からすれば実の父方伯母(実父の清の異母姉)になる武田和子の下の名である。
日本と北米共和国の完全和解の象徴として、中宮陛下としては娘に和子の名を付けたかったのだ。
「和子か。月面到達を記念し、世界平和を祈念するのにも良い名だな。私からも言おう」
今上陛下は言い、中宮陛下は肯いた。
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