第12章ー18
1552年11月半ば、日本の使節団は、オスマン帝国の首都コンスタンティノープルを出立した。
だが、その前にやるべきことを済ませる必要があった。
オスマン帝国との同盟締結後、オスマン帝国の内諾を受けて、日本の使節団は、ヴェネツィア共和国等の当時、オスマン帝国の首都コンスタンティノープルに滞在している欧州諸国の外交官と接触し、自分達が接触していない範囲では、この世界での歴史が、ほぼその通りになっているのか等を探った。
そして。
「おそらくは欧州諸国については、史実通りという訳ですか」
「少なくとも大まかな範囲ではな。幾ら外交官とはいえ、そう詳しく歴史を知っている訳ではない。だが、現在の欧州諸国の主な君主はその通りだから、史実通りと見なせるだろう」
岩畔豪雄、久我晴通、上里美子の3人は額を寄せ合って密談していた。
皇軍がもたらした未来知識、その中でも歴史の流れは、基本的に最重要機密に指定されている。
皇軍出身者以外の日本の使節団の人員の中で、皇軍が来訪しなかった(史実の)歴史の流れを知っているのは、久我晴通と上里美子の2人だけだ。
この2人が知っているのは、それこそ使節団次席だったり、家族のつながりがあったり等からだ。
だから、この3人でしか話し合うことはできない。
「まず、ローマ教皇はユリウス3世とのことだったな」
「はい、現在はスペイン王も兼ねられている神聖ローマ皇帝カール5世と協調されているとか」
「その辺りも史実通りですか」
「その通りだな」
久我の問いかけに、岩畔は肯定した。
「偽情報という可能性は」
「極めて低いと考えている。君主名について、嘘を教える理由はない。それにこの情報を主に伝えてくれたヴェネツィア共和国にとっては、喜望峰航路が事実上は封鎖されて、今後は紅海航路が主流になるという情報を喜びこそすれ、反発する理由は絶無だからな。だから、その情報を教えた日本に、ヴェネツィア共和国が偽情報を掴ませる必要は無い」
「確かに」
久我と岩畔は、更なるやり取りをし、横で聞いている美子は無言で肯かざるを得なかった。
「そして、神聖ローマ帝国に対抗するために、フランス王アンリ2世は、オスマン帝国のスレイマン1世と事実上の同盟関係にあります。更にフランスと対立しているイングランド王はエドワード6世で、ローマ教会から分離した英国国教会の長でもあります」
美子は、更に情報を補足した。
「そして、現在の日本の最大の敵国ポルトガル国王はジョアン3世で、神聖ローマ皇帝カール5世の義弟であり、確か従兄弟にも当たる筈だ。このあたりは、欧州諸国の王室の家系図が複雑で把握しきれん」
岩畔は少し嘆くような、その一方でどこか楽し気なような口調で言ったが、久我はそれを聞くと顔色を変えながら言った。
「ということは、日本がオスマン帝国と同盟を結んで、ポルトガルと戦うということは、スペインや神聖ローマ帝国を敵に回すということになるのではないですか」
「そういうことになる。もう既に喧嘩じゃなかった戦争を売っているがな。イエズス会の創設者の一人、フランシスコ・ザビエルを、日本はマラッカ攻略の際に殺しているから、それに加えて、ローマ教皇庁も敵に回しているな」
岩畔は平然と答えたが、久我は真っ青になって言った。
「明や朝鮮と既に戦争状態なのに、更に敵国を増やして、日本が滅びるのでは」
「落ち着いてください。そのためにオスマン帝国と同盟を結び、また、マラッカ王国やシャム王国、アチェ王国とも同盟関係に日本はあるのです」
岩畔は久我を、丁寧な口調でたしなめたが。
岩畔の内心では、日米交渉の時の日本よりは遥かにマシだ、今回は勝算があると想っていた。
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