第84章―10
さて、そんなやり取りを、今上(後水尾天皇)陛下と行った数日後、鷹司(上里)美子尚侍は、伊達政宗首相に自らの考える改憲案を密やかに示していた。
伊達首相は、美子の示した改憲案に一驚した。
自分が予期していたよりも、美子が衆議院の優越を認めていたからだ。
特に法律について、衆議院で出席議員の3分の2で再可決すれば法律が成立する、というのは、伊達首相にしてみれば驚きだった。
これまでの美子の態度から、法律については、衆議院の優越を美子は決して認めないのでは、とまで伊達首相は考えていたのだ。
最も首相については、相変わらず今上陛下の大権であるとして、衆議院の優越を認めていないが。
その代わりに条約については、衆議院の優越を大幅に認めている。
(尚、予算については、既に美子は伊達首相に対して、衆議院の優越を認めていた)
この条約についての譲歩は、美子なりの考えなのだろう。
そう伊達首相は推測した。
「ここまでの改憲案を示されるとは」
気持ちを落ち着けた上で、伊達首相は美子に話しかけた。
「如何でしょうか。衆議院は、この改憲案を呑むでしょうか」
美子は、伊達首相に問いかけた。
「呑みます。いや、何としても呑ませてみせます。それこそ保守党や中国保守党、それから少ないとはいえ無所属等の議員に、自分達の頭を下げてでも」
「そこまで言われなくとも」
「労農党の私にしてみれば、これだけ「衆議院の優越」を認める提案が為されるとは、本当に望外の喜びです。そして、保守党や中国保守党にしても、多くの議員が内心では「衆議院の優越」を、長年に亘って望んできました。このような提案が、貴族院側からあったのに、もっと「衆議院の優越」を認めさせろ、という議員は、そうはおりません。この改憲案を、何としても実現しましょう」
美子に対して、頭を下げながら、伊達首相は断言した。
実際問題として、美子の改憲提案は、伊達首相(及びその周辺)にしてみれば、ここまで貴族院側からの改憲案で「衆議院の優越」を認めた提案が為されるとは、と考える程の代物である。
勿論、首相の指名権について「衆議院の優越」を認めないとか。
不満を挙げようと考えれば、幾らでも、とまでは言わないが、それなりにはある。
だが、初めての改憲を行おうと考えている段階で、ここまで貴族院側から「衆議院の優越」について認めた改憲案が出てきた以上。
これでは不十分だとして改憲案を潰しては、却って今後は改憲を行えない事態が起きかねない。
そこまでのことを考えた末に、伊達首相は美子が示した改憲案を丸呑みする決断を下したのだ。
だが、その一方で、伊達首相はどうにも不安を覚えざるを得なかった。
幾ら美子が剛腕の政治家であるとはいえ、ここまで「衆議院の優越」を認めた改憲案を貴族院に示しては、貴族院議員の過半数どころか、殆どが拒絶反応を示すのではないか。
それを幾ら美子とはいえ、呑ませることができるのか。
伊達首相の疑念を、美子は察して。
微笑みながら言った。
「かつての(猪熊)事件で南極送りや南米送りになった面々について出家と引き換えの帰国を、改憲が為されたら、事実上の恩赦として今上(後水尾天皇)陛下に上申する、と首相から言ってもらえませんか」
「分かりました」
伊達首相は即答した。
厳密に言えば、南極送りや南米送りは私的制裁で、恩赦対象ではない。
だが、時の今上(後陽成天皇)陛下の裁断である以上、今上陛下の赦し無くして、猪熊事件の男女は帰国できない状況にあるのだ。
そして、彼や彼女への赦しが為されるのならば、言い訳と言えば言い訳に過ぎないが。
それなりの貴族院議員が改憲に賛同する、と美子も伊達首相も考えた次第だった。
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