第84章―7
今上(後水尾天皇)陛下は、鷹司(上里)美子尚侍の言葉に答えた。
「確かにこれまでの日本において、衆議院と貴族院が本格的に対立する事態は、双方の配慮から何とか避けられる運用が為されてきているな。だが、それは運用によってだ。本格的に対立しては、どうにもならない事態が起きてもおかしくないな」
「衆議院と貴族院は対等という立場のままでは。運用ではどうにもならない事態が起きかねません。だからこそ、その為に大日本帝国憲法制定以前から、二つの議会が対等というのはよろしくない、国民、臣民の意思によって選ばれる衆議院の決議を、貴族院の決議よりも優越させるべきだ、との主張を織田信長元首相他はしてきた事情があるのです」
美子は、今上陛下に返答した。
その一方で、美子はこういった講義を今上陛下にしつつも、どうにも要らぬことが自らの頭の中で過ぎらざるを得なかった。
何とも皮肉なことに10年余り前に、当時は皇太子殿下だった今上陛下は自らに想いを寄せるようになり、自分としては、尚侍として、更に有夫の身であることから、今上陛下の結婚の為に奔走せざるを得なくなり、最終的には、自分は義母といえる立場であり、それも相まって、既婚の身である自分は、今上陛下の想いには決して答えられません、と伝えたのだが。
「皇軍知識」は、自分の夫が1621年に薨去する、と事実上は預言しており、実際に預言通りの事態が起きることになったのだ。
そして、更に皮肉なことに、それを自分も今上陛下も、それを予期して行動することになった。
それが今の事態を招いている。
今上陛下は、こうなることを予期して、周囲を煽ることになり、自分も、どうにもそれが避けられない運命だとして、事実上は甘受して待ち受けてしまったからだ。
そして、それが様々に絡み合った結果、自分は中宮として入内することが固まってしまった。
いっそのこと、今上陛下から婚約破棄して欲しい程だが、自分に執着する余りに皇位を捨てても良い、と10代半ばで明言した今上陛下が婚約破棄等はする訳が無い。
その結果、自分は将来のことを考えて、改憲を果たそう、と決意することになった。
自分のことを過大視し過ぎ、他人に任せれば良い、と言われそうだが。
自分としても、やれる限りのことをやった上で中宮となり、政界引退を果たしたかったのだ。
それにしても、30歳の若さで政界引退をせねばならないとは、何とも皮肉なことだ。
本来というか、庶民ならば、今から国会議員を目指すのが当たり前の年齢なのに、自分は国会議員を目指すどころか、中宮に成って政界引退をすることになるとは。
だが、その一方で、美子は自らを客観視せざるを得なかった。
今の自分は、それこそ五摂家の当主に様々な事情が生じた為とはいえ、貴族院を牛耳っていると言われる立場の貴族院議員にまで、のし上がっている身なのだ。
本来ならば、自分は公家の身ではないどころか、奴隷の産んだ娘だとして、奴隷扱いされても当然の身の上なのにだ。
本当に自分は幸運に恵まれているとしか、言いようがない。
従兄になる伊達首相が、余りにも幸運に恵まれているとして自分を危険視するのも当然だ。
そんな他所事を美子が考えているのを、何処まで察したのか。
今上陛下は、自らの考えを述べた。
「確かに衆議院と貴族院が対立した場合、民本主義の観点からしても、衆議院の決議を最終的には優越させるのが至当だろうな。だが、細かな点まで考える程、衆議院と貴族院の決議が異なる事態が多々ある。憲法上は主な点に絞って、明文化すべきだろうな」
「仰せの通りです」
今上陛下の言葉に、美子は即答しつつ、考えた。
本当に何処まで認めるべきだろうか。
世間の一般人ならば、30歳になって、本格的に政治家の路を歩もうとするところなのに。
鷹司(上里)美子は、結果的に中宮として入内せざるを得ず、政治家を引退せねばならない状況に追い込まれており、そんなことから屈託した想いを抱いています。
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