第81章―12
ともかく、月面の有人探査を行う方法として、この世界の1615年当時、最も早期に実現可能という判断が下されていたのが、月周回ランデブー方式だった。
そして、上里秀勝以下のトラック基地の面々は、月周回ランデブー方式を採用することで、月面の有人探査を行う方針を固めてはいたが、それなり以上のリスクがあるのも現実だった。
それこそ既述だが、1610年にようやく人類は初めて有人の宇宙飛行を達成したばかりだった。
そうした状況なのに、更に月面の有人探査を具体的な計画を立てて実施しようというのだ。
だから、月周回ランデブー方式で、月面を目指すと言うが、実際に可能なのか、というと様々な技術的問題が起こらない訳が無かったのだ。
何しろ有人の宇宙飛行を達成して、それから10年以内に月面に人を送り込もうというのである。
幾ら月が地球から最も近い天体とはいえ、余りにも無謀であるという主張が出るのが、むしろ当然としか言いようが無い状況であり、一つ、又、一つ、多くの問題を解決していくしか無かった。
例えば、地球から月にたどり着いて、更に地球に帰還するとなると、最低でも8日、余裕を考えれば2週間は必要と考えられていた。
これは裏返せば、最大2週間は宇宙で人類が生活できるだけの宇宙船を建造する必要があると言うことだった。
そして、宇宙空間で過ごす以上、それこそ空気に至るまで、地球から全て持参していく必要があった。
更に2週間も宇宙空間で人類が過ごすとして、何か問題は起きないのか、そういったことを出来る限りは予め検証しておく必要があったのだ。
他にも問題は数多あった。
司令船と着陸船を使う以上、他の宇宙船とのランデブー、ドッキングが安全にできるような技術等を開発することが必要不可欠と言えた。
(だからこそ、月面着陸については、地球からの直接降下式が強く主張されたという事情がある)
だが、それこそ初めての宇宙飛行が実現されてからでも、まだ10年程しか経っていないのだ。
他の宇宙船とのランデブー、ドッキング等、まだ夢に近い技術、現実だった。
そして、そういったことを行うとなると、当然のことながら、いわゆる宇宙遊泳の技術も必要不可欠に近い話になる。
この1615年前後の時点では、それこそ宇宙遊泳の際に使う宇宙服にしても信頼性の問題等から、宇宙飛行士が宇宙遊泳の際に使う呼吸の為の空気は宇宙船から供給するというのが妥当とされるのが、現実的な解決法と言う有様だった。
更に少しメタい話になるが、史実の21世紀の現在でも命綱を付けて行うのが当然とされる程に、宇宙遊泳はそれなりにリスクが高い。
何しろ宇宙空間で作業をする、と一口に言われるが、例えば地球周回軌道といえる高度300キロでの宇宙遊泳の速度は、秒速7700メートルに達する。
(本人は無重力状態等にあるため、そんな高速で移動している感覚に基本的にはならないが)
こういった高速下では、それこそペンキの欠片のようなスペースデブリでさえ、弾丸並みの危険を引き起こす存在になる。
他にも(この世界では、実際には後になって本格的に広まることで、この時点では憶測に近い代物に過ぎなかったが)、宇宙遊泳を行うことは、実際に行った殆どの宇宙飛行士に対して様々な精神的動揺を引き起こすことになるのだ。
後に実際に行った宇宙飛行士の回想に因れば、
「自分の目の前に宇宙がある、ということをこの時程に痛感したことは無い」
「地球と1対1のコミュニケーションを、直にしている想いがした」
等々の想いを宇宙遊泳は引き起こすことになるのだ。
そういった心身のリスクを考える程に、色々と対策が必須になるのは当然としか言えなかった。
余りにも大袈裟、といわれそうですが。
実際に宇宙遊泳を体験した人に因れば、こういったリスクがあり、更には、こういった想いに駆られる人が大半とのことです。
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