第80章―20
伊達首相は日本の閣議で決まったことを、速やかに後金やモンゴルに伝えた。
「本当に何もかも早くなったな。明帝国の皇帝が代わり、禅譲の話が出て、それを伝えてから、ほんの1週間も経たない内に、日本政府からの連絡が届くとは」
「日本から技術提供と言うか、指導を受けるまでは、伝令頼みだったのを思い起こしますね。今では無線通信で、すぐにやり取りができる時代になりました」
「無線通信となると、ほんの一部だけだがな」
ヌルハチは、息子を始めとする部下達とそんなやり取りをまずはした。
そして、日本からの提案内容について、ヌルハチは部下達と話し合った。
「日本を長兄に、更に後金、モンゴル、明、琉球の序列で、各国の君主が兄弟関係を、名目上は結ぶというのですか」
「思わぬ提案が為されましたな」
そう部下達が意見を言った後、ヌルハチは言った。
「悪くはないな。実際にかつて、金と宋は兄弟関係を結んでいた。それが復活するという訳だ。実際問題として、明帝国内の情勢は極めて悪い。下手に手を出したくない。だからこそ、皇帝位を禅譲するという案を断ったのだからな」
「確かにそうですな」
部下達も、ヌルハチの想いを察して言った。
実際、河北省を制圧するだけで、ほぼ後金軍は止まらざるを得ない事態が起きている。
何しろ明帝国内の荒廃は深刻で、それこそ食料を明の大地から得るどころか、逆に満洲の地から食料を運ばねばならない状況なのだ。
そうしないと飢えた住民が、後金軍の後方部隊に襲い掛かるのでは、と危惧される有様で、それなりに占領地の住民に食料を提供するという姿勢を、後金軍は示すことで、占領地の治安維持に当たっている。
そのことが、後金軍の補給に多大な負担を掛けることになっており、河北省を制圧するだけで、後金軍がこれ以上の進撃を断念することになっている。
更に言えば、北京市民に対する救援を、これから行う必要もあるのだ。
多くの餓死者を出しているとはいえ、それでも数十万人を数える生存者が北京市内にいるらしい。
そういった生存者に対して、どれだけ食料が必要なのか。
日本が協力してくれるだろうが、本当に頭が痛い。
日本から提供された医学知識に基づいて、少しずつ食料を提供せねば、折角、生き延びられた者の多くが、却って死ぬことになるだろう。
そのように日本で医学を学んだ者から、自分は警告を受けている。
長期間に亘って、栄養失調状態にあった者に対して、食事を大量に振舞っては却って死ぬそうだ。
自分には理解できないが、栄養失調状態が続いていると、人の身体はそれに合わせようとするらしい。
だから、心を鬼にして、少しずつ食事を与えていかないといけないとか。
ヌルハチは、思わずそんなことまで考えた。
「では、日本の提案に応じると共に、その内容を明帝国に伝えますか」
「うむ、そうしよう。ところで、このことは、リンダン・ハーンにも伝えるように」
「承知しました」
そんなやり取りを、ヌルハチと部下達は行った。
そして、数日後。
「リンダン・ハーンも、日本の提案に賛同するとのことです」
「ほう、良く受け入れたな」
「実は四川省や雲南省を制圧したものの、それこそ行く先々の集落の多くが飢餓状態で、何をしに来たのか分からない、と苦情が部下達から挙がっているとのことです。そのためにリンダン・ハーンは、明帝国から足抜け出来るのなら、この提案に応じたいとのこと」
「本当に色々と酷い有様のようだな」
リンダン・ハーンからの連絡を受け取ったヌルハチと部下達は、そんなやり取りをすることになった。
ヌルハチは改めて考えに耽った。
本当に明帝国を立て直すのには手間が掛かりそうで、本当に気が滅入ることになったな。
話中でリフィーディング症候群が出てきますが、皇軍知識には無い筈で、この世界の70年余りの医学経験の中で知られるようになったということで、ご寛恕を。
(史実では、何とも皮肉なことに、太平洋戦争において、飢餓状態の日本兵が米英軍に投降した後、大量に栄養を投与されたのに却って死者が続出したことから、世界中でリフィーディング症候群が認知されるようになったとか)
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