第80章―10
ともかく、と言って済ませる訳には行かないが、この南京市街への大爆撃の結果、南京に立てこもっていた軍人や市民の過半数、推定で約30万人が亡くなる事態が起きた。
更に生存者の大部分も負傷することになった。
そして、これだけの死傷者が出れば、凄惨な事態が起きるのも避けられなかった。
「長江から大量の水死体が集団となって流れてきている、と南京周辺に展開している駆逐艦の部隊から連絡がありました」
「そのまま海に流してしまえ、と言いたいところだが、そんなことをしては、それこそ長江の水が色々な意味で飲めない事態が引き起こされるな」
「はい。流石に大量の死体が浮かんでいる川の水を飲むというのは、色々な意味で問題です。精神的にも、健康衛生的にも」
上里丈二海軍大将は、部下からの報告を受け、更に幕僚からの提言も受けることになった。
上里大将は、少し考え込んだ。
日本陸海軍航空隊が行った南京市街への攻撃は、純軍事的には見事なモノとしか言いようが無い。
風上から爆撃を加えることで、兵士や住民を風下へ、更に河岸へと追い詰めて、逃げ場が無くなったところに大量の爆弾の雨を降らせたのだ。
逃げ場を失った兵士や住民が、大量に死傷するのが当然だ。
更に言えば、爆撃から逃れるために、多くの兵士や住民が長江に飛びこんだのだが。
一度に余りに大量の人が長江に飛びこんだために、それこそ泳ぐための空間が無くなって、少しでも浮かぼうと周囲の人間にお互いがしがみついたためだろう、水死体の多くが絡み合って流れてくるという凄惨な有様を呈している。
それを少しでも見まいと、長江の河辺に近寄る者はほとんどいない状況に陥っているとも聞く。
上里海軍大将は暫く考えた末に、指揮下にある艦隊の面々に対して、長江で流れて来る死体については、速やかに引き揚げて荼毘に付すことを命じることにした。
炎と水に苦しんで亡くなった者の遺体を、更に焼くことについて、上里海軍大将の部下から、異論の声が挙がらなかった訳ではないが、それならば、どうしたらよいのだ、という上里海軍大将の言葉には、誰も何も言えなかったのだ。
最終的には10万体以上の水死体が、日本海軍の手によって、長江からすくい上げられ、荼毘に付されることになった。
そして、これだけの大量の遺骨となると、流石に全てを骨壺に入れて、丁寧に一体ずつを埋葬するようなこともできない。
上里海軍大将以下、多くの日本海軍軍人にしてみれば、余り本意では無かったが、すくい上げられた水死体を積み重ねて、野焼きにした上で、遺された骨を土に埋めるのが、せめてもの供養という事態が起きるのは止むを得ないことだった。
こんな凄惨な事態も、南京を巡る日明の攻防戦において引き起こされることになったが。
その一方で、南京市街に対する爆撃と大火災が収まれば、日本陸軍の南京市街に対する総攻撃が行われるのは当然のことだった。
だが、これに対して、南京市街で抗戦しようとする明帝国軍の姿は、ほぼ姿を消していたと言っても過言では無かった。
日本軍の大爆撃による破壊と、それによって生じた火災は、文字通りに南京市街を瓦礫の塊と言って良い状態にしており、それこそ、そこにいる住民は、着の身着のままで石器時代のような生活を送らざるを得ない状況だったのだ。
更に爆撃によって生じた大量の死傷者は、将兵や住民の抗戦意欲を失わせていた。
それに付け加えれば、その死傷者の中には明の皇族を含む大量の指導者が含まれていた。
その為に明帝国の政府や軍の指揮系統は混乱していたのだ。
この結果、南京市街の占領を日本軍は宣言したが、それと同時に大量の物資をかき集め、救援活動を行う羽目になった。
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