第11章ー4
とはいえ、そうしたことから、日本人に恨みを持つアボリジニも少なくはない。
アボリジニの間に大規模な武装蜂起等の気配はないとはいえ、アボリジニの個人的な襲撃等を警戒し、下手に女性1人で出歩くようなことはしないのが、日本の植民者の通例になっている。
足利義輝の遠乗りに、塚原卜伝が随行したのもこのためだった。
それに。
「鬼丸が気を立てています」
そう言って、卜伝は鬼丸を地に下ろした。
鬼丸は飼い犬がするように、周囲を威嚇するように、主従の周りを回った。
「姿が見えませぬが、近くに仲間がいるのでしょうな」
卜伝は言葉を継いだ。
ディンゴ対策は、日本の植民者の間で頭痛の種の一つだ。
野犬といえば野犬だが、完全に狼のように群れを作って、野生生活を送っている。
そして、日本の植民者が持ち込んだ羊の味をいつか覚えたようで、羊を群れで狙うようになった。
これに対し、いわゆる牧童は弓や刀で武装し、複数で行動することで、ディンゴ対策をしている。
更に放牧地に柵を張り巡らせて、ディンゴが放牧地に入り込めないようにもしている。
それでも、柵の破れ目等から放牧地に侵入して、羊を襲うディンゴは絶えない。
それなりにディンゴは大きく獰猛なので、人に集団で襲い掛かってくることさえある。
こうしたことから、植民者の中には、ディンゴを目の敵にして、暇な時には、それこそ犬追物のようにディンゴ狩りをする者までいるくらいだ。
鬼丸はそういったディンゴ狩りの中で親を殺された身だった。
まだ、子犬ということから、憐れんで助命され、義輝への贈り物にされた。
そして、元々を辿れば犬なので、当然かもしれないが、義輝に懐いて飼い犬になった次第だった。
とはいえ、血は争えないのか、ディンゴの群れが近くにいると、鬼丸は興奮しだす癖がある。
義輝はそれを見る度に、鬼丸は心の中の親族の下に還りたいという想いが奔ってならないのだろう、と思っていた。
「家に戻るか。鬼丸に去られてはかなわぬ」
「そうしましょう」
義輝主従は、家に戻ることにした。
鬼丸は時折、後ろを振り返りながら、着いてきている。
警戒しているようでもあり、様々な想いの板挟みになっているようでもあった。
義輝主従が帰宅すると、夕闇が迫る頃になっていた。
馬を厩舎に入れ、待つ間もなく夕餉の時刻になった。
そして、夕餉に饗されるのは。
「パンか、麺、それに羊乳で作ったチーズに、羊肉か」
日本では考えられなかった食事の内容に、義輝は内心でため息を吐いた。
本当に白い米が食べたいものだ。
この土地でも、努力すれば稲作ができない訳ではない。
だが、この土地は稲作をするよりも、羊を育て、麦を栽培する方が有利で、豊かに暮らせるのだ。
日本で半農生活を送った下人の面々は、そう公然と言っている。
羊を飼うことで、羊毛を手に入れ、また羊肉を食べ、羊乳からチーズを作る。
また、小麦を育てる。
その方が、この土地では豊かに暮らせる。
そして、この土地を治める者として、率先して模範を示す必要がある。
そうしたことから、義輝の食事が、そのような代物になった次第だった。
とはいえ。
卜伝に言わせれば、この方が体を鍛えるのにはよいとのことだった。
しっかり、肉を食らった方が、身体が鍛えられるという理由である。
また、皇軍がもたらした医学(栄養学)もそう教えている。
米ばかり食べるな、主食とおかずをしっかり食べるのこそ、身体に良い、とのことだった。
実際、この土地に来てからの方が、家人の面々の身体ががっしりしてきているように思える。
また、自分も、武家の棟梁に相応しい肉付きになっている気がする。
義輝は、そんなことを想い、この地の食材で作られた夕餉を食べた後で眠った。
ご感想等をお待ちしています。