第76章―5
そういった裏が皇室典範改正にあること等、多くの日本の国民は知らない話だった。
今回の皇室典範改正にしても、表向きは、
「今上陛下が自らの判断で皇太子殿下に譲位するのが相当と考えるときは、譲位できるようにするため」
という公式説明が行われており、それこそ新聞やテレビはそのように報道していたからだ。
だが、裏事情は、人の世の常として、それなりに事情通では広まるのは当然だった。
「ねえ、妹の千江が今年中には皇后になるという噂を聞いたのだけど、本当なの」
「私は否定も肯定もできないわ」
九条完子の問いかけに、鷹司(上里)美子は冷たく答えた。
実際、美子としても、それ以上は言えない。
裏事情を詳細に知る一人として、美子はそれが事実なのを知っているが、公言できないことなのだ。
そして、完子は美子の答えで、それなりに察したようで、
「分かったわ。それ以上は言わなくていい。千江にも黙っておくわ」
肩を落として、小声で言った。
「ありがとう」
美子は、小声で言って、自らの頭を下げた。
実際にこれがお互いにできて、言える精一杯なのを、お互いに察したからだ。
更に時は流れて、1611年5月28日に、
「正に史上空前の御成婚式と言えるでしょう。日本の皇太子殿下と、北米共和国現大統領の次女にして、ローマ帝国皇帝夫妻の養女の御成婚式です」
そうラジオやテレビは実況中継をすることになった。
更に言えば、人工衛星を使うことで、世界にほぼリアルタイムで報道されることにもなった。
又、この御成婚式には、それこそ世界中から要人が参列することになった。
北米共和国の大統領夫妻やローマ帝国皇帝夫妻を筆頭に、少しでも祝意をこの場で示そうと世界各国の国王や王族が挙って駆けつける事態が起きた。
何しろ航空機の技術は日進月歩であり、(この世界の)1611年現在では、世界各国の首都はジェット機を活用することによって、地球の裏側であろうとも緊急時には48時間以内に駆けつけられる時代になっていると言っても過言では無いのだ。
こうしたことから、日本の皇太子殿下の御成婚式に世界各国の要人が参列する事態が起きた。
そして、鷹司(上里)美子は夫の信尚と共に、それなり以上の立場でこの式に参列していた。
何しろ美子は五摂家の一員であり、又、千江の恩師にもなるのだ。
だから、この処遇も当然だった。
更に美子の目を見張らせることもあった。
「何で勝利伯父上が」
美子は、それに気づいたときに呟かざるを得なかった。
ローマ帝国のエウドキヤ女帝陛下が夫と共に、この御成婚式に参列するというのを、美子は予め聞かされていたが、自らの義理の伯父の上里勝利がその随員の一人としてくるのを、美子は知らなかった。
確かにローマ帝国大宰相を辞任し、公式には隠居しているとはいえ、こういった場に伯父の勝利が参列しても問題無いのは事実だが。
伯父がこのような場に来るとは、美子は想定していなかった。
更に美子が、それとなく伯父の姿を目で追っていると、伯父は(伯父からすれば実姉の)織田(三条)美子と改めて語り合いだした。
更に美子が目を凝らして、二人の会話を見ていると、二人共に目が全く笑わずに会話をしているようにしか、自分には見えない。
伯父と伯母が、どんな会話を交わしているのか。
美子は気になって仕方が無かったが、そんな美子の想いを無視して御成婚式は進んでいき、更に夫からも、
「御成婚式に集中しないと失礼だよ」
と注意されては、美子は伯父と伯母の会話を頭から追い出すしか無かった。
だが、それでも美子は御成婚式が終わった後も気になってならなかった。
伯父と伯母は、どんな会話を交わしたのか。
本当に裏が山のようにある気がする。
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