第75章―7
「そう言われれば、そうだった」
「更に言えば、上里秀勝長官の養父は、引退したとはいえローマ帝国大宰相を務めた上里勝利殿だ。更に上里秀勝長官の実父は日本の首相を務めた織田信長殿、実母は宮中女官長である尚侍を務めた織田美子殿になる。更に言えば、上里勝利殿と織田美子殿は同父母姉弟だ。そして、織田美子殿の(義理の)姪の鷹司(上里)美子様が、この度の日本の皇太子殿下の御成婚をまとめるのに奔走したという噂まであるらしい。そんな何重もの縁があっては、上里秀勝長官にしても、テレビ放送を衛星中継で行われたいという日本や北米共和国、ローマ帝国の要請が公にあっては、私情からしても、やるしかない、という考えに至ったらしい」
二人の会話は、更に長い話として続いた。
「確かに、そのような縁まであっては、上里秀勝長官にしても、公私混同のそしりを受けるかもしれないが、日本の皇太子殿下の御成婚式を、世界に衛星放送で中継するというに賛同せざるを得ないな」
「だろう。ともかく、そんなことから有人宇宙飛行計画の実施は、日本の皇太子殿下の御成婚式の後に先送りされることになったようだ」
「仕方ない、と言えば仕方ない話だろうが、今年の前半には宇宙に誰かが赴く、更に言えば、自分が赴きたい、と考えていたのに、それが出来なくなるのか。溜息しか出ない話になるな」
「それを言えば、自分も同じだ」
最終的には、ウィリアム・バフィンやヤコブ・ルメールは、そんな風に言い交わして、お互いの心の中を鎮めるしか無かった。
だが、ウィリアム・バフィンやヤコブ・ルメール等といった宇宙飛行士の面々は、それで済んだと言えるのだが、それでは済まない事態に陥ったのが、実際に放送(通信)衛星を打ち上げることになるロケット関連の技術者や科学者の面々だった。
「そんな1611年の前半に、有人宇宙飛行を行うという前提で様々な準備を進めていたのに、いきなり、それを後回しにして、テレビ放送を試験放送どころか、商業放送レベルで半年以上も繰り上げろ、とか不可能な話です」
「エウドキヤ女帝や、そのほかの面々に、その意見を面と向かって言えるのか」
多くの技術者が不可能だ、との声を挙げるのに対して、そのような反論が事務局から浴びせられた。
更に言えば、その反論に多くの技術者が沈黙せざるを得なかったが、実際、黙るだけでは済まない。
どうやって、半年も繰り上げるのか、という問題が付きまとうからだ。
「本当に不可能とは言いませんが、急に予定変更を言われても困る話です」
そう池田元助は(流石に正面切っては言えず)陰に回っては愚痴る羽目になっていた。
「全くだな。有人宇宙飛行に使う宇宙船よりも、放送(通信)衛星の方が遥かに軽い以上、放送(通信)衛星の打ち上げを優先できる筈だ、というのだろうが。現実には難しい話だ」
池田元助の愚痴を聞いたケプラーやガリレオも、池田元助に寄り添う有様だった。
実際問題として、この頃の試作品と言える存在だが、放送(通信)衛星の重量は約200キロといったところだった。
それに対して、この頃の有人宇宙飛行船は、4トンを超える重量を誇る。
だから、打ち上げだけを考えるならば、放送(通信)衛星の打ち上げは容易と考えられて当然だったのだ。
だが、放送(通信)衛星の設計図は出来ているが、未だに製造されていない。
更に言えば、製造した後、地上で本当に作動するのか、確認するという作業が必要不可欠だ。
そして、宇宙に打ち上げて、そこで試験放送を行い、動作確認を済ませて、商業レベルで運用していく必要があるのだ。
幾ら準備をしてきたとはいえ、半年もの繰り上げは各所に様々な負担を引き起こした。
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