第73章―23
時が少し流れて、1610年初夏の頃の上里家が舞台になります。
そんな動きが世界各国で起きて、それなりの結末へと流れていくのだが。
1610年初夏段階での状況について、上里清邸での話し合いという形で描くならば。
「尚侍を罷免された後だが、どう主に最近は過ごしているのだ」
「自宅(鷹司邸)で、大抵は夫や子どもらと共に過ごしています。でも、複数の使用人が、自宅にはいますから、子どもの世話さえ主に乳母がしますし。暇が多くて、この際に改めて大学に入ろうか、と考えて勉強していることが多いです。とはいえ、夫の方が大学の勉強で忙しい気がします」
父の上里清の問いかけに、娘の鷹司(上里)美子は即答していた。
「本来の鷹司家の将来の正妻としての生活といってよい状況でしょうね」
義妹(というより実娘)に久々に会いたくなったこともあり、本来の仕事である衆議院議員伊達政宗の第一秘書の年休を取って、実家の上里清邸を訪ねていた広橋愛が口を挟んだ。
「全くです。尚侍にならなければ、私は大学に入り、様々な学問を学んでいた筈ですよ」
「そう言うが、古今伝授を習得済みなのだろう。文学部日本文学科の教授全員が、逆にお前に古今伝授を教わりたがると考えるがな」
「古今伝授は、それこそ一子相伝、門外不出が本来の代物です。そう他人に教えられません」
義姉に美子はそう言ったが、父の清に口を挟まれて、美子は更に言葉を返す事態になった。
「ところで、家族しかいない場なので、他言無用で聞きたいのですが。実際のところ、ユーラシア大陸を東西に横断する大鉄道建設計画は、どんな状況なのですか」
広橋愛は少し顔色を変えて、その場にいる面々に尋ねた。
「家族だからと言って話せる内容と考えるか」
「確かにそうですね。でも、美子は先日、エウドキヤ女帝や徳川秀忠大統領と直に会ったのでしょう。その際にこの件についても、話が出たのではないかしら」
上里清はたしなめるようなことを言ったが、広橋愛はそれなりに衆議院議員である伊達政宗の秘書を務めてきて、政治の裏を知っている者として、家族に問いかけをした。
上里清や鷹司(上里)美子、更には上里理子までもがお互いの顔を見合わせ、訳知り顔になった。
「何処まで話してよいか、悩む話だが、怪しい雑誌記事にもなっているから、話してよいだろう。後金は、ユーラシア大陸を東西に横断する大鉄道の建設計画について、積極的に賛同して協力姿勢だ。その背景だが、この鉄道が出来れば、いざという際に日本からの様々な援助が容易になる、又、チャハル部の支援に役立つというのが、大きな理由のようだがな」
上里清が、まずは口を開いた。
「厄介な話ですね。尼子勝久首相にしてみれば、世界を宥和させる方策の一つとして、ユーラシア大陸を東西に横断する大鉄道の建設計画を提案したのでしょう。それが却って、後金とローマ帝国との戦争を煽るような事態になるとは」
上里理子が口を挟んだ。
「でも、どんな物事も単純には言えないのが現実ですよ。私とて、本当に戦争は嫌いです。でも。いざということを考えない訳には行きませんから」
広橋愛は言った。
その言葉の背景として、愛の血を分けた家族が鷹司(上里)美子しか今や生き残っていないのを知っているこの場の面々は、改めて思いを馳せざるを得なかった。
「この場限りの話です。又、私は言っていないし、聞いていない、と世間に対して否定せざるを得ませんが。血の繋がらない伯父上、上里勝利殿も同じように考えておられるようですよ。ユーラシア大陸を東西に横断する大鉄道の建設は、世界を平和にもするし、戦場にもするだろうと私に言われました」
鷹司(上里)美子は、この場にいる家族に対して言い、その言葉を聞いた3人全員が考え込んだ。
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