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第73章―12

 1608年の春を期して、ヌルハチ率いる後金軍は対朝鮮戦争を終えた精鋭の再配置を行い、対チャハル部との戦争を行った。


 これに対して、チャハル部のリンダン・フトゥクト・ハーンも、これまでの後金との行きがかりから、戦争が起きると予期しており、様々な経路で銃器の輸入等を図る等、軍備を調えてはいた。


 だが、銃器の導入をしていたと言っても、それこそ大量に日本から武器を公然と買える後金と、実際には密輸に頼らざるを得ないチャハル部では、火力に圧倒的な差があり、伝統のモンゴル騎兵による遊撃戦を展開しようにも、歩兵部隊さえ軽機関銃や擲弾筒を装備している後金軍相手では苦戦を強いられることになり、10日も経たない内にチャハル部は後金に対して敗勢が濃い有様となった。


 そういった状況になったことから、ヌルハチはリンダン・フトゥクト・ハーンに対して、講和を呼び掛けることにした。

 リンダン・フトゥクト・ハーンにしても、これ以上の戦争を続けても、更に敗北が酷くなるのは自明である以上、何故にヌルハチが講和を呼び掛けるのか、疑念を覚えたが、この講和交渉に応じることになった。


 そして、使者が何度か行き交った後、ヌルハチとリンダン・フトゥクト・ハーンは、お互いにそれなりの護衛及び従者を共に連れて会談することが決まった。

 更にその場には立会人として、日本人の参加もヌルハチから日本政府に対して希望が出された。

 その日本人だが、誰かというと。


「50代半ばを過ぎて、軍務を退いた人間を呼び出すかな」

「そうは言われますが、老け込むには早すぎます。それにリンダン・フトゥクト・ハーンも、貴方ならば胸襟を開くでしょう」

 ヌルハチは改めて上里清に敬意を表していた。


「全く朝鮮と戦争をするわ、チャハル部とも一戦交えるわ。手の掛かる弟を持った気分にさせられる」

「それならば、尚更に兄上として働いてもらいましょう」

 二人は軽口を叩いた。


 ヌルハチは、上里清を私的には兄のように慕っており、上里清もそれを察している。

 もっとも上里清が現役軍人である間は、清自身が公私を峻別していたこともあり、余程のこと、清の娘の美子が結婚したことやお産のようなことがないと、私的なやり取りはしていなかった。


 だが、美子が尚侍に就任したことから、上里清は退役軍人となった。

 それをきっかけに、二人は私的な付き合いをそれなりにするようになっていたのだ。


「ともかくリンダン・フトゥクト・ハーンにすれば、日本の宮中女官長の実父が、この場におられるというのに驚くでしょう」

「実際には儂は楽隠居の身だがな。それに今上陛下は政治的には無力な存在だ」

「それを私は知っていますが、リンダン・フトゥクト・ハーンは余り理解していないでしょう」」

「だろうな」

「だから、貴方が立ち会えば、リンダン・フトゥクト・ハーンは、この講和は日本の今上陛下が動いたのだ、と考えて、講和に疑念を差し挟まず、それに大人しく従うのでは、と考えた次第です」

「成程。要するに後金とチャハル部の講和の保証人は、名目上は儂だが、チャハル部には日本の今上陛下の裏の叡慮がある、と思わせたい訳か」

「勝手に向こうが誤解するのは自由ですから」

 二人は、兄弟のように腹を割った話をした。


「ふむ。何を考えている」

「今のモンゴル人の多くがチベット仏教徒です。その一方、我が満洲族の多くが自然崇拝ですが、チベット仏教を信じる者も少なくありません」

「その辺りは、神道も仏教も受け入れている日本と近いところがあるな」

「ポロンナルワを更に活用して、チベット仏教も参加させませんか」

「現在、チベット仏教の僧侶がポロンナルワにいない訳では無いが、確かに少数だな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 挨拶代わりに殴る。 拳と拳で語り合う。 そして友となる。 昭和の少年漫画みたいだけど、ヌルハチさんは「三国志演技」や「水滸伝」のファンらしいので、こういうノリは好きでしょう。 「徳のある大…
[良い点]  仏教の学都として再興なされたポロンナルワの更なる隆盛が確約されたようなチベット仏教の合流( ̄∀ ̄)史実では忘れ去られた仏教の故地がこれほどに成るとは、更にキリスト教イスラム教と並び世界三…
[気になる点] 北元もといモンゴルは、産業革命に必要な水源が少ないから、農業による人口増加も出来ないし、近代化をするには定住化が必須だから遊牧民は渋るだろうから、出来ることは後金国と比べて限られるんだ…
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