第72章―29
とはいえ、今上陛下の御前から退出して、更に流石に余りの言葉に、皇后陛下が今上陛下を御諫めするような言葉が微かに聞こえるのが、風に乗って聞こえてくる内に、鷹司(上里)美子も今上陛下の言葉もあながち間違っていない気がしてきた。
それこそ自らの父からすれば異母姉になる武田和子は、北米共和国独立戦争の3人の首魁の一人として、未だに名指しされる存在である。
又、自らの父の義兄になる上里勝利は、本人に言わせれば、
「それこそ運命に流されただけで、自分の政治的才能は姉妹(美子と和子のこと)に及ばない」
と韜晦するが、結果的にローマ帝国の大宰相の印綬を先日まで帯びていた身である。
エウドキヤ女帝の強烈な個性によってかき消されがちで、上里勝利の政治的才能は表立っては見えないが、それこそこういった辺りが良く見える人には分かる有能さであり、弟は狗ではなくフェンリルだと美子に教えたのは、それこそ自らの父の義姉になる織田(三条)美子である。
そして、織田(三条)美子は、本来ならばシャム王国の国民で、更に12歳までその地で育った身である以上、シャム王国の為に尽くすべき身でありながら、実際には日本、更には皇室の為にと10代の頃から尽くしてきた。
又、自分にしても、本来の生まれ故郷はオスマン帝国であり、更に実母の広橋愛は、そもそも論で言えばオスマン帝国人なのに、日本、更に皇室の為に働くのに疑問を覚えていない。
更に(この世界の)上里家の祖といえる上里松一にしても、琉球王国を日本の属国にすることで、本来の祖国である琉球王国の独立を結果的に失わせる役目を果たすことになった。
そうしたことからすれば、天下の不忠者が上里家に揃っている、という今上陛下の面罵も、あながち誤りではない気がする。
そんな考えをしながら、美子は尚侍の印綬を返納して、宮中から去ることになった。
(尚、その路程で中院通村に会って、改めて皇太子殿下に、この縁談、及び自らの考え等を伝えるように依頼した)
さて、この徳川千江との縁談、更には美子の尚侍からの罷免を聞かされた皇太子の政宮殿下は、文字通りに肝が潰れる想いがすることになった。
「何故に(美子を)尚侍から罷免する。断じて許されぬ」
「怖れながら、今上陛下の命令です。皇太子殿下と言えど、覆すことはできませぬ」
政宮殿下の言葉に、中院通村は冷静に返した。
「それからこれを」
中院通村は、政宮殿下に美子から託されていた3種類の干し肉を示した。
「この干し肉は」
「北米共和国、ローマ帝国、オスマン帝国の三国から送られた各国の野生牛の仔牛の干し肉です。又、尚侍の想いも入っているとか」
「どういう意味だ」
「お分かりになりませぬか」
「分かりとうない」
政宮殿下と中院通村は、そんなやり取りをした末、政宮殿下は完全に横を向いて、中院通村の言葉を完全拒否する態度を、無言の内に示した。
とはいえ、このままでは話が進まない。
不敬とそしられることを覚悟しつつ、中院通村は敢えての言上を行わざるを得なかった。
「尚侍、鷹司(上里)美子としては、皇太子殿下の想いに応えることは、決してできない、ということです。尚侍としては、自らが夫がいる身であること、更には、皇太子殿下の義母(既述だが、本来は尚侍は今上陛下の御寝に侍る)という立場であることから、想いを拒まざるを得ないのです。だからこそ、仔牛の干し肉を選ぶように各国に言われたとか」
中院通村は、懸命に奏上した。
「どういう意味だ」
「仔牛は極めて貴重なモノです。それを屠殺して、わざわざ干し肉にする。その意味をお分かりください」
「分かった」
中院通村の言葉に、政宮殿下は遂には言わざるを得なかった。
最後の中院通村の言葉が言葉足らずになっているので、補足します。
鷹司(上里)美子としては、皇太子殿下は自らの義子である以上、想いに応えることはできない、という寓意も込めて、仔牛の干し肉を送りました。
仔牛、つまり、皇太子殿下は私からすれば子どもなのです、という寓意です。
ところが、中院通村は、皇太子殿下は鷹司(上里)美子の寓意を当然に分かられる筈と考えて、そこまで詳しい説明をせずに、本文中の説明で済ませました。
そのために次話の事態につながります。
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