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第72章―23

 そして、皮肉なことが笑い声が響けば、周囲の気配、空気が和らぐのも現実だった。


「良かろう。朕としては極めて気に食わぬ話だが。朕とて皇帝だ。皇帝、天皇として、帝位、皇位継承の安定を図る必要がある、と言われては、異国であり、更に異教徒であることも考えれば、流石に日本の天皇の継承のことについて、口は差し挟めぬ。それ故に、徳川千江と日本の皇太子の縁談について、朕は賛同する共に、徳川千江を朕と夫の亮政との養女、つまりはローマ帝国の皇女として、日本の皇太子に嫁がせることにしたい、と考える」

「有難き御言葉」

 エウドキヤ女帝の言葉に、鷹司(上里)美子は頭を垂れながら言った。


 だが、その一方で、頭が良い美子は考えざるを得なかった。

 内々での話とはいえ、日本の今上陛下を天皇と呼び捨てにするとは。

 又、日本の皇太子に殿下の敬称を付けないとは。

 エウドキヤ女帝の怒りは完全には静まっていないようだ。


「もっとも徳川家が千江を朕の養女にすることを認めるならばだがな」

「それは認めると考えます。小督殿は、千江が本当に日本の皇后陛下として重んじられるか、それを気にしておられましたし」

「ほう、そうなのか」

「少なくとも私はそう聞いております」

 エウドキヤ女帝と美子は、そんなやり取りをした。


 美子は更に考えた。

 小督が何と考えるやら、千江がローマ帝国の皇女になるのを喜ぶか否か、何とも微妙な気がする。


(尚、結果的には美子の考えは杞憂となった。

 小督は千江がローマ帝国の皇女になることで、日本の宮中で重んじられると素直に考えたからだ。

 更に家康や秀忠は、このことを単純に喜ぶ有様だったのだ)


「ところで、アメリカバイソンの肉は美味かったか」

「はい」

「そうか、オーロックスの肉を食べて帰られよ」

「えっ」

 二人は更なるやり取りをした。


 美子は背中が冷たくなった。

 エウドキヤ女帝は、暗に私が武田家を訪問したのも知っておるぞ、と恫喝している。


 だが、その一方、オーロックスという単語、言葉に美子は反応せざるを得なかった。

 

「オーロックスの肉。あの野生牛の肉ですか」

「その通りよ。ポーランド=リトアニア共和国から何頭か譲り受けて、懸命に我が国で増やしたし、更にポーランド=リトアニア共和国内でも保護に努めた結果、今では1千頭を越えるまでに増えており、飼育下にあるオーロックスは、ある程度は屠殺して食肉にするのが認められておる」

「それは良かったですし、素晴らしいことです」

「我が国も動物保護を、それなりに考えておる証よ」

 二人のやり取りは続いた。


 オーロックス、メタい観点を交えてここで述べるならば、史実では1627年に絶滅した野生牛である。

 かつてはユーラシア大陸全土からアフリカ大陸北部にまで生息していたのだが、徐々に人間の狩猟や人間の行った自然開発等によって生息域が徐々に減少していき、それこそ16世紀に入った頃には、ポーランド=リトアニア共和国内にしかオーロックスは生息しておらず、絶滅寸前になっていた。


 だが、この世界では「皇軍来訪」によって、史実より早く動物保護の考えが世界に広まった結果、オーロックスは絶滅から救われることになり、それこそ美子がその肉を食べられることになったのだ。


 その後、美子はエウドキヤ女帝の言葉に従い、オーロックスの肉を食することができた。


 そして、美子としては虎口を脱するような想いをしつつ、上里勝利の私邸に伯父と共に帰った。

 尚、藤堂高虎もそれに同行した。


 これはエウドキヤ女帝の承諾を得たとはいえ、幾つか実務面で詰めたい事があるからだった。

 私邸に入ると、やっとその場にいる面々に寛いだ空気が広まった。

 それ程に緊張した空気が続いていたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やれやれ、ですね! [一言] 伊賀甲賀の忍びは、荒事よりも諜報の方が得意そうなイメージ。 僅か数十年足らずで大帝国を建設した世界史上の偉業の何割かは彼らの功績。
[良い点]  対面では天皇の忍びとの力量差を分からされて顔面蒼白だったローマ忍び側からのお見事な『汝らが辿った足跡はお見通し』“技有り(有効)”ってところですな(^皿^;)つーかローマも北米も諜報関係…
[良い点] オーロックスが救われた世界線。 [気になる点] 今作の日本では、明帝国と宋帝国の比較がされてそうな予感。同じ漢民族国家であるのに、差がついたのか、研究されてそう。銅銭を比較すれば、経済活動…
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