第72章―9
そんなことを鷹司(上里)美子が考えていたのは、それこそ三番目の子、次男になる松一を産み終えて、産後休暇である8週間がそろそろ明ける頃、具体的には6週目を終えようとする頃だった。
出産の産前産後が母体に極めて負担が掛かるのは、言うまでもないことだが。
皮肉なことに、美子クラスになると、産んだ子に乳母が付くのが当たり前である。
更に他に様々な召使い、女中等もいる。
こうしたことから、美子は産後から1月程も経った頃には、日常生活が問題無く送れるようになっていたのだ。
そして、従兄になる中院通村からの通報、示唆を受けたこと等もあり、美子は皇太子殿下の結婚についての状況打開の為に自ら動くことにした。
美子が、まず会ったのは九条幸家と完子夫妻だった。
「完子ちゃん、悪いようにはしないから、徳川秀忠に私が直に逢えるように紹介状を書いてくれない」
美子の言葉に、それこそ小学生時代からの親友である完子は即答した。
「何でそんなに畏まったことを言うの。美子ちゃんの頼みなら、すぐに書いてあげるわ」
「ありがとう」
良くも悪くも素直な完子が、そう言うのに美子は感謝の言葉を述べたが。
完子の次の言葉に、美子は背筋が冷たくなった。
「いきなり美子ちゃんが、そんなことを言ってくるって、皇太子殿下絡み?」
「それは私の立場上は言えないわ」
美子は親友に対して冷たすぎる口調で言わざるを得なかった。
更に完子も、美子の言葉で、それが真実なのを察した。
(完子としては冗談で、当初は言ったのだが、美子の言葉、態度で真実と察したのだ)
幸家も妻の完子と義妹の美子のやり取りから、決して表沙汰に出来ない事態が起きていると察するしかなかった。
とはいえ、それなりのことを幸家も口にせざるを得ない。
「妻の紹介状に副状を付けよう。そうすれば、義父の秀忠殿も逢ってくれるだろう」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
幸家の言葉に当たり障りのない答えをして、紹介状を受け取った美子は幸家夫妻の前を去った。
更にその後、美子は吉川広家外相の下を、密やかに訪ねることになった。
1606年の衆議院選挙に際して、小早川道平外相は政界引退を言明し、自らの長男になる正平を衆議院議員候補に押し立てて、小早川正平は衆議院議員になった。
その結果、中国保守党の党首は吉川広家が就任することになり、更に尼子勝久内閣が成立するのに伴って、保守党に中国保守党は寝返って、吉川広家は外相に就任することになったのだ。
そんな裏事情から、美子としては吉川広家に会いたくなかったが、事情が事情だ。
「私と必要最低限の護衛に対して、北米共和国とローマ帝国、後、オスマン帝国訪問のビザを秘密裏に出して。尚、その理由は宮中に関することで、政府に説明できないわ」
「そんな理由で納得しろと」
美子の言葉に、吉川外相は峻拒の態度を示した。
「分かったわ」
カチンときた美子は、吉川外相を恫喝した。
「尚侍の私が外国に行くのに、吉川外相は反対した以上、尼子内閣は宮中を軽んじている、そう私が公言しても構わないのね。そうそう、間もなく衆議院総選挙だったわねえ」
「宮中が選挙に関わったら、世論から大反発を受けますよ」
「あら、真実を尚侍は言ってはいけないの?」
「本当に上里美子の名を受け継ぐ方ですね」
「そこまで言うのね。伯母にその言葉を伝えるわ。伯母が何というかしら」
美子は吉川外相をトコトン追い詰める態度を取った。
吉川広家とて、それなり以上の政治家である。
美子が此処まで言う以上、美子の主張を吞まざるを得ない、と考えるしか無かった。
「分かりました。秘密のビザを出します」
「どうもありがとう」
吉川外相に、美子は素直に感謝した。
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(それにしても、話の流れからとはいえ、19歳の鷹司(上里)美子に、吉川広家は恫喝されて従わざるを得ないとは。
史実以上に不憫な目に遭っている気が)




