第72章―6
そして、二条昭実は散々に迷わなかったというと嘘になるが、鷹司(上里)美子の言葉に最終的には同意するような言葉を吐くことになった。
「そこまで言うのならば、美子、皇太子殿下の結婚問題で、徳川千江を皇太子妃に迎える件について、お前に全てを任せる。但し、その代わりに様々な(政治的な)責任は全て負わせるぞ」
昭実にしてみれば、そこまで言えば、却って美子は怖気づいて、徳川千江を皇太子妃にしようとはしないだろう、と考えたのだが。
(更に言えば、九条兼孝や鷹司信房も、兄弟である昭実と同様に考えていた)
美子にしてみれば、却ってフリーハンドを与えられたようなモノだった。
「そこまで言っていただき、本当にありがとうございます。全力を尽くして、徳川千江を皇太子妃に迎えられるようにします」
美子は喜色満面と言った表情を浮かべて、昭実の言葉に即答した。
やってしまった。
かもしれない。
とはいえ、所詮は20歳にもならない小娘、だから、絶対に大丈夫な筈、と昭実は考えたのだが。
美子の政治的手腕は、それこそ血が繋がっていない伯母の織田(上里)美子と同姓同名では無く、同一人物と傍から見えても当然な程だった。
そのために後述する事態が起きるのだが。
それはともかくとして、それとは本来は無関係な想いが、このときの昭実の脳裏には浮かんでならなかった。
考えてみれば、美子と皇太子殿下は義理の母子といえるな。
何故なら、尚侍は今上陛下の御寝に本来は侍る存在だからだ。
それなのに、皇太子殿下が美子に懸想するとは。
それこそ男が、父の後妻になる義母に懸想するようなモノだ。
源氏物語の光源氏が、義母の藤壺中宮に懸想したのと同じと言えるやも。
更に言えば、美子と皇太子殿下の年齢差は5歳程、美子が年上であり、藤壺中宮と光源氏の年齢差と同じと言えるのだ。
だが、源氏物語では藤壺中宮は最終的に光源氏の想いを受け入れて、冷泉院を産んだが。
美子は皇太子殿下の想いを受け入れるつもりは皆無のようで、その点は安心できる。
それにしても、皇太子の地位を捨てても良い、と皇太子殿下が言うとは。
恋に恋する状態なのやもしれないが、美子の魅力は怖ろしい。
14歳の男というか、少年をそこまで恋に狂わせるのだから。
かつて美子の義理の伯母になる織田(上里)美子は、その様々な政治的策謀の才能等から、
「九尾の狐の化身」
と近衛前久元内大臣やその周囲から呼ばれるようになった。
だが、九尾の狐の逸話からすれば、織田美子は九尾の狐には程遠い。
何故なら男を魅力で狂わせるようなところは無かったからだ。
そうしたことからすれば、美子の方が九尾の狐の化身に相応しい、といえるだろう。
そんな本来のこと、皇太子殿下の美子の恋心から醒めさせることとは全く違うことが、昭実の内心では浮かぶことになった。
そして、それと同じような想いを、九条兼孝や鷹司信房もしてならなかったが。
自らの兄弟になる昭実が、美子の提案を受け入れたことから、兼孝や信房も美子の提案に最終的には賛同する意見を述べ、美子はそれを喜んだ上で帰宅することになった。
さて、美子が自分達の眼前から消えた後、三兄弟は改めて話し合った。
「皇太子妃に徳川千江を迎える件につき、どう考える」
「私の(息子、幸家の)嫁に千江の姉になる完子を迎えているから、美子の主張を拒否できぬ」
「それをいえば、私も似たようなものだ」
昭実の問いかけに、兼孝や信房は溜息を吐くような面持ちで答えた。
「それにしても、美子は自信満々のようだが、本当に皇太子妃に千江を迎えることになるのか」
「日本の国内外で大騒動が起きそうな気がするな」
三兄弟は頭が痛くなる事態だと考えざるを得なかった。
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