プロローグ―4
そして、鷹司(上里)美子が尚侍に就任することが正式に決まったことから、実父になる上里清は在満州日本軍総司令官を退任し、更にいわゆる営門大将として退役することになった。
これは宮中に仕える者の濃い身内(具体的には配偶者や親兄弟)が高位の軍人であることは、今上陛下の軍の統帥権の問題からよろしくないとされている慣例から行われたことだった。
(例えば、以前に真田昌幸の妻になる今出川(菊亭)氏が尚侍の候補に挙げられたが、真田昌幸が陸軍参謀総長であったことから、就任できなかった前例がある)
これについては、陸軍内部どころか、オスマン帝国や後金(満洲)国からも、上里清の才幹を惜しむ声がそれなりに挙がって、別に軍事参議官専任に転任しての現役続行で構わないのでは、という話でまとまりかけたのだが。
上里清自身が、そんな前例を作っては将来の宮中に禍根を残しかねない、と言って、退役願を出したことから、せめてもの処遇として陸軍大将として退役することになったのだ。
だが、その一方で、上里清は娘の美子について少なからず不安を覚えるようになっていた。
「美子は余りにも、何というか色気があり過ぎないか。実の娘だし既に夫がいるから、自分は自制できるが、血縁関係のない若い男だったら、そんなのを乗り越えて、美子に想いを寄せそうな気がする」
「考え過ぎ、と言いたいですが、私もそう考えますね」
清の妻の理子も、養女になる美子については、そう評した。
「言っては何だが、美子の実母の愛も美女だが、男を誘惑するようなところは無かった。だから、却って男女関係を切りやすかったが。美子は、自覚無しに男を誘惑してしまう気がする:
「確かに。娘の愛は美女ですが、男を拒む気配を漂わせています。それに対して、美子は」
夫の清の言葉に、理子はそれ以上は言わなかったが、夫婦なので、それだけで意思は通じる。
「二条首相は、宮中の綱紀粛正もあって、美子を尚侍に推挙したようだが。美子が却って、宮中の風紀を乱す事態を引き起こさねば良いのだが」
「全くですね」
夫婦は娘のことを、そう心配した。
実際、似たようなことを、伊達政宗と広橋愛も、美子の尚侍就任について話し合うことになった。
「美子のあの色気だが。俺の義祖母の愛子譲りだな」
「愛子様譲りですか」
「ああ。愛子の祖母の波琉は、琉球王国最高の尾類、芸妓だった。愛子の母の安喜も、張敬修に10代で身請けされねば、琉球王国最高の尾類になったと謳われた。義祖母の愛子も、50前後になっても男を狂わせる色気を漂わせる有様で、松一お祖父さんが愛子お祖母さんの色気に惑わされて、俺の実祖母の永賢尼を本願寺に無理やり押し込んで結婚した、という噂が学習院ではずっと流れていた程だ」
「それは又」
政宗の言葉に、愛は何とも言えない表情を浮かべながら、言わざるを得なかった。
政宗も愛も上里家の一員なので、永賢尼と愛子との真実の関係を知っている。
愛子が生涯に亘って、永賢尼を良く想わなかったのも、当然の気がする。
本来ならば、自分が被害者なのに、自分が加害者のように言われては。
更に愛子としては、特に意図していないのに松一を誘惑したと言われては腹立たしいだろう。
「それはともかくとして、美子が尚侍になるのは、宮中の綱紀粛正になるのかな。却って、美子が宮中の風紀を乱しそうな気がするが」
「今では義妹とはいえ、私の娘に余りな言葉ですね。それに自分の従妹でしょう」
「いや、実際に男として見ると、美子は本当に男を狂わせそうな気がしてな」
「いい加減にしてください」
政宗の言葉に、さしもの愛も怒ったが。
その一方で、愛も美子の色気には不安を感じざるを得なかった。
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