第2章ー3
「それから、予め言っておく。我々は、過去と思われるこの世界では、病気を引き起こす存在になる公算が高い。勿論、マニラ及びルソンでも注意するが、沖縄、ブルネイに赴き、その後、日本本土に赴く部隊は、それぞれ覚悟して行くように」
大雑把な方向性が決まった後、山下奉文中将は、そういった。
(なお、書き落としていたが、ブルネイ経略は、第65旅団から部隊が派遣されることになっている。
近衛師団と第18師団が、本土に向かいたがっている上、本土に向かう予備の部隊も必要だった。
第16師団の残部及び各独立部隊が、本土への予備部隊扱いとなった。
更に第48師団が、ルソン経略に当たる以上、第65旅団しか適当な部隊がブルネイ経略には無い有様になっていたのだ。
なお、ブルネイのセリア油田が、史実通りの質と量の埋蔵量がある、と判断され、更に順調に精油が行われ出した暁には、第65旅団は、シンガポール、マラッカ経略も行う予定だった。
それによって、いわゆる南シナ海を将来的には大日本帝国の内海とし、東南アジアに大日本帝国の勢力を扶植したい、とこの時、この場にいる大日本帝国の将帥は考えていた)
このことは、軍医の面々が、上層部に対して、警告を発したことだった。
我々が、本当に過去の世界にいるのならば、伝染病をもたらす可能性が高い、というのだ。
新型のインフルエンザや赤痢等、この世界では余り広まっていない伝染病が、我々、皇軍の手によって広まる可能性がある。
だが、ある意味、どうしようもない、打つ手が限られる手段だった。
何しろ人と人の接触はどうしても行わねばならない。
そして、いわゆる保菌者かどうかは、本人も知らないことが多い。
(この当時、既に知られていた、いわゆるチフスのメアリーが典型例である)
だから。
伝染病を知らず知らずに皇軍の将兵がまき散らす危険は、どうしても引き起こされてしまう。
勿論、20世紀の医学で、ある程度は被害が局限できるが。
例えば、キニーネでさえ、この世界では仮に存在するとしても、今の皇軍の将兵には新たに入手できず、手持ちが尽きたらそこまでなのだ。
何しろ原料となるキナは、南米にしか、今は無い。
軍医の一部からは、熱帯で活動せねばならない以上、更にこの当時は日本にもマラリアが広がっている以上、マラリア対策のためのキナを獲得するための南米遠征を、既に主張する者が出始めている有様だった。
(もっとも、本当にこの世界に南米があり、更にキナがあるのか、という懐疑論の前に抑えられている。
更に実際問題として、どうやって行くのだ、ということもある。
帆船を建造し、それで行くしかない、というのが、辛うじて現実的な有様だった)
更に厄介なことがあった。
「イスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒にとって、火葬は禁忌だからな。伝染病対策のためにも、遺体を火葬にするように勧めても、彼らは応じまい」
皇軍上層部は、頭を抱え込まざるを得なかった。
皇軍がかつていた20世紀では、キリスト教徒の間では、火葬を禁忌とする考えは薄れているが、イスラム教徒やユダヤ教徒の間では、未だに禁忌のままである。
そして、この時代では、キリスト教徒も火葬を禁忌としている筈だった。
だから。
一度、伝染病が広まったら、いわゆる西洋において、中々感染が収まらないのは、そのためもあった。
遺体を火葬にしないのが、その一因なのだが、この当時の医学は、それが理解できる、伝染病が細菌やウイルスによることが分かるまでは進歩していない。
そして、瀉血といい、身体から血を流すのが、多くの病気で最良の治療法とされる有様なのだ。
治療法を伝授するにも限りがあり、覚悟を固めるしかなかった。
厳密に言えば、この世界でもインフルエンザや赤痢はある筈ですが、未来から来た皇軍関係者の方が耐性を身に付けており、知らず知らずのうちに伝染病を蔓延させるリスクが高いのです。
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