第69章―10
そんな二条昭実首相との会話を踏まえて、伊達政宗は早速、色々と動き出した。
最初に政宗が当たったのは、言うまでもなく島津亀寿である。
(既述だが)直に当たっては、色々と周囲に起きる波紋が大きいことになりかねないので、上里愛というワンクッションを置いて、政宗と亀寿は接触することになった。
そして、政宗の指示を受けた愛は、(表向きは)不意に政宗の議員会館の事務室を訪ねて来た亀寿と密談をしていた。
「珈琲を偶には飲みに来られませんか、と誘っておきながら不在とは失礼だな」
「すみません。行き違いがあったようで」
「まあ、良い。内閣の閣僚が野党の議員に失礼な対応をするのは、お互い様じゃ。自分の父も首相の際には、労農党の議員に同じようなことをやっておった」
口ではキツイことを言っているが、亀寿の目は笑っている。
亀寿にしても、政宗の内意(日本本国と日系植民地の関係を見直す為に自分に動いて欲しい)を承知した上で、政宗の事務室を訪れているのだ。
「ところで、それなりにマトモと言える話でないと、自分も話を聞くわけにはいかんぞ。儂にしても、保守党の派閥の領袖という立場がある。今日にしても、政宗にすっぽかされた、と表向きは儂は愚痴ることになっているのだからな」
「それは十二分に」
そう今日のところは、亀寿と政宗はすれ違ってしまい、話ができなかったことになるのだ。
だが、実際には愛が亀寿に言伝をし、更に話せる限りのことを話すことにもなっている。
「ところで、喜望峰周辺の南アフリカの植民地問題は色々と頭が痛いようですね」
「ああ、織田内閣の尻拭いを押し付けおって、未だに父が逢う度に自分に愚痴ってくる。そこまで愚痴るのならば、何で主に地元の面々を送り出した、と父に言いたい程だ」
二人はやり取りをした。
北米独立戦争勃発時、パナマ運河は開通しておらず、更にスエズ運河も当時のオスマン帝国とエジプトとの関係から安心して通れるとは言い難かった。
こうしたことから、念のため程度の話だったが、喜望峰周辺の南アフリカの植民地化が、日本の国策として進められることになった。
更にこの植民地化は、結果的に北米独立戦争の戦費問題等から、織田内閣ではほぼ進まず、島津内閣の下で主に遂行されることになり、更にこれまでは主に畿内以東の日本から植民地に赴く人が多かったことから、南アフリカの植民地化は西日本、特に(南)九州から人が主に赴く事態が起きたのだ。
だが、これは色々と問題を引き起こした。
南アフリカの植民地化は、北米独立戦争があったからこそ推進されたという側面が強かった。
とはいえ、世界情勢的には南アフリカの植民地化を取り止めるという決断をしづらかった。
そんなことから、南アフリカの植民地化は順調とは言い難く、日本政府の支援も乏しかったが、徐々に進捗した末に金やダイヤモンドが見つかったのだ。
当然のことながら、そうなると日本政府は積極的な管理を南アフリカ植民地に対して行おうとして、更にそのことは、植民者に反感を募らせて、親戚になる自らの出身地の有権者に不満を伝えて、そういった有権者が衆議院議員(つまり、亀寿ら)を突き上げる事態が起きているのだ。
「この際、不満を宥めるために植民地を自治領化しては如何でしょう」
「前にも言ったが、それは感情論から来る大規模な反対運動が日本で起きる。ダメだ」
「近々、建州女直との戦争が起きる見込み。その戦後には、日本軍を万人単位で満州の地に常駐させる必要があるとか、その兵を植民地に出してもらい、その代償として自治領化するというのは」
「ふむ」
二人のやり取りは密やかに行われた。
「やってみる価値はあるな」
亀寿は説得された。
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