第68章―21
こういった上里清とヌルハチの個人的な友誼もあって、日本と女真改め後金の関係はそれなりに上手く行っていたが、だからといって全てが順調という訳には無かった。
取り敢えず上手く行っていることから述べると、軍事的な面では割合、順調と言えた。
後金の将兵達にすれば、騎兵が完全に時代遅れになっているというのは哀しい現実だったが、日本から最新の半自動小銃等を提供されて、それを実際に使ってみれば、騎兵が戦場で生き残れない存在であると感じざるを得なかった。
又、日本軍と戦うまでは、それこそ鍛錬を重ねて戦うのに熟達した戦士が、全く戦いを知らない10倍の相手に勝つことも十分にあり得たが、半自動小銃等が普及している日本軍との戦いは、皮肉なことに日本軍と戦った経験のある女真人程、そんな時代はもう終わったのだ、ということを痛感させるようになっていた。
それこそ女真人の社会は日本と戦うまでは、文字通りに中世以前の社会と言えた。
「戦う人」と「耕す人」の2つの種類から社会は成り立っていたのだ。
(これが中世欧州だと「祈る人」が加わるのだが、女真人には「祈る人」がいることはいたが、社会階層や身分としては成立していなかった)
そして、「戦う人」が自由人であり、戦場に赴いたり、平生では狩猟等を行ったりしていた一方で、「耕す人」が奴隷として農業や牧畜等に従事していると言ってよい社会だったのた。
もっとも自由人と奴隷から女真人の社会が成っていたといっても、そんなに差別は厳しくなかった。
これは自由人と奴隷と言っても、お互いに生活を依存しあう関係に根底があったからである。
だが、そうは言ってもということがある。
これまで「耕す人」だった面々を、いきなり「戦う人」にもしようということに、まだヌルハチは理解を示したが、ヌルハチから遠ざかる程、理解を得るのは困難になっていった。
特に厄介だったのは、「戦う人」、「耕す人」の現場の意識改革だった。
それこそ、これまでは他人が戦いの場に赴いていたのに、自分達も戦場に赴けということになったり、逆にこれまで内心で見下してきた奴隷が武器を持って戦ったりするようになるのだ。
そして、日本人にしてみれば農耕や牧畜に従事するのは立派な仕事だが、女真人にしてみれば農耕や牧畜に従事するのは奴隷がすることだった。
だから、逆説的な話になるが、女真人の兵士というより戦士は生涯を戦士として過ごすのが当然という意識が強かった。
そういった状況からすれば、短期間の徴兵で兵士としての訓練を行い、除隊後は兵士以外の仕事、農業等で暮らしていく、という日本が指導するやり方に、現場の女真人が戸惑いどころか、反発を覚えるのは当然のことと言える話だった。
そのために上里清とヌルハチは話し合った末に、女真人の社会が徐々に近現代社会に適合していくように変革していくように方針を示して、それを促すことにした。
新たな農地開拓を募り、そこを切り開いた女真人は元は奴隷であっても、自由人にすることにした。
とはいえ、新たな農地開拓を行うのは極めて困難であり、人手がかなり必要なことだった。
そうしたことから、上里清は内心ではいい顔をしなかったが、中国本土や朝鮮半島から人を買い入れて実際の農地開拓に当たらせることが多発することになった。
つまり、かつては奴隷だった女真人が自由人になる一方で、新たな中国人や朝鮮人が奴隷として使われることが多発することになったのだ。
もっとも軍事的には、この方策によって自由人になって兵士を希望する女真人が増えたのも事実で、それなりに後金の軍勢を増やし、軍事力の量的増加に効果が徐々に上がっていったのも事実ではあった。
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