第66章―12
だが、そうは言っても、という考えが過ぎったことから。
「しかし、ヌルハチと戦をしてはヌルハチの恨みを買いませんか。それこそ満州を舞台にした遊撃戦をヌルハチが展開する可能性があるのでは」
小早川道平外相が、武田勝頼陸相に苦言を呈した。
「今ならば建州女直のみをヌルハチが抑えているのだろう。それならば、日本の常備兵力だけで建州女直を粉砕して、ヌルハチに城下の盟を誓わせることは可能だ、と真田昌幸参謀総長は断言したし、自分もそう考える。それにヌルハチはかなり誇り高い男のようだ。こういう男は、一発殴って目を覚まさせた上で手を組まないといかん。下手な援助をして勢力を増大させてしまうと、却って日本の統制が効かなくなり、それこそローマ帝国の甘言にすぐに乗って寝返りかねん」
武田陸相は言った。
武田陸相の言葉を聞いた黒田官兵衛諜報部長官は、以前に聞いた話、噂話を思い起こした。
それこそ貴方が言いますか、の言葉だな。
武田勝頼の父、武田晴信はそれこそ日本が「皇軍来訪」によって急激に世界に広がった際に活躍して、日本史上でも屈指の名将の1人と謳われた人物であり、もし、北米独立戦争に際して生きておられたら、北米共和国は独立戦争を起こすこと自体を諦めたのでは、とまで言われている。
その武田晴信が息子の勝頼を評して、
「あれは良い軍人になるだろうが、一つだけ欠点がある。目下の言葉、部下の諫言を素直に聞かぬところだ。それさえ直せば、儂を凌ぐ軍人になれるやもしれぬ」
といったと自分は聞いた。
自分としても、武田陸相が優秀なのは認めるが、その欠点は当たっていると考えているが。
武田陸相は、自分と同じような性格だとヌルハチを考えているのだろう。
確かに李成梁という後ろ盾があったとはいえ、建州女直をまとめたヌルハチの才能は恐るべきだが、普通に考えれば李成梁を失ったら、国力の差からいって、もう少しヌルハチは大人しくしようとするのが当然なのに、ヌルハチは大人しくしようとしていない。
これは日本が裏工作をしているからといっても過言ではないのだが、ヌルハチは自分を明は怖れているからと勘違いしているやもしれぬ。
そうなるとヌルハチに対して、日本が下手に同盟を申し出ては、ヌルハチは日本の足許を見透かせたと更に勘違いして、それこそ武田陸相が言ったようなことをやらかして、日本にとってよろしくない事態を引き起こす可能性がある。
黒田諜報部長官の明晰な頭脳は、そこまで考えが及んだ。
「確かに武田陸相の言葉は一理あります。ヌルハチは、自分が率いる建州女直が海西女直と戦おうとしているのに、明が介入してこないのは、実は日本の裏工作があるからなのに、自分の力を明が怖れているからだ、と誤解している可能性が高い。明ですら自分を怖れているのだ、日本が同盟を申し出てくる以上、自分の方が格上と錯覚する可能性があるというより、その可能性は高いと考えるべきでしょう」
黒田諜報部長官は、そう言って、その言葉に小早川外相や九鬼海相は唸った。
「では、どうする」
「明の裏工作に我々が騙されたことにしましょう。夷を以て夷を制すの明の作戦に、我々日本が引っかかったことにするのです」
「というと」
「明から日本へのアヘン系麻薬の密売の殆どにヌルハチが関与している、と明は言ってきた。日本はそれに怒って、明に対処を求めたが、明はヌルハチは自分の統制下に無いと言ってきた。それで、日本としてはヌルハチを討つことにした、という流れです」
「成程な。ヌルハチは明に冤罪を着せられたことにする訳か」
「そうすれば、ヌルハチは日本と戦争をした後、明を恨むことになるな」
四者の会談は黒い方向に進んだ。
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