第66章―2
「今になって考えればですが、毒が余りにも効きすぎて、身体中に毒が回り過ぎました。もう少し早く明や朝鮮の目を覚まさせるべきだったかもしれませんな」
黒田官兵衛諜報部長官が言った。
「どういうことだ」
武田勝頼陸相が言った。
「いえ、皇軍上層部から遺訓めいたものとして、日本が明と本格戦争になって、陸軍を明本土に派遣するようなことになっては抜けるに抜けられない泥沼の戦争になりかねない。だから、明が日本との対等外交を拒むというのならば、そのまま放置して、倭寇を駆使した民間貿易に徹すべきだ、と政府にも軍にも隠密に言い置かれたでしょう」
黒田諜報部長官は言い、他の3人は肯いた。
この場にいる4人全員が様々な伝手から、その遺訓を聞かされている。
日本と明が戦争になったら、日本が緒戦は勝てるだろう。
そして、それに明が衝撃を受けて講和に応じれば問題ないのだが。
だが、明が首都を例えば成都等に移転して、日本に徹底抗戦を図った場合はどうなるか。
そうなった場合、日明戦争は泥沼化する。
下手をすると日本が様々な意味で破綻して、日本から頭を下げての講和という屈辱になる可能性も否定できない。
更に言えば、それを決めるのは究極的には明であって、日本ではない。
だから、日明戦争は不可だ。
そう皇軍上層部は言い置いて、この世を去っていったのだ。
実際に言い置かれた面々の多く、例えば、この場にいる4人の目からしても、明に対する皇軍の遺訓は誤っていなかった。
「皇軍来訪」の頃と比較すれば、日明間の軍の質の差は圧倒的なほどに日本が優位に立つようになった現在ならば、日明戦争を仕掛ければ日本が必勝のように表面上は見える。
だが、北米独立戦争で日本が北米共和国の独立を認めざるを得なかった教訓から考えてみても。
明が首都を奥地に移転しての徹底抗戦を叫べば、日本軍がそこまで進撃するとなると占領地を広げて補給路を整備して、ということをやらざるを得ない。
更に皮肉なことに、日本軍の質の向上は必然的に大量の補給物資が戦闘に際しては必要不可欠という事態を引き起こしているのだ。
こうなっては、明が奥地に移転して徹底抗戦するという事態は、日本にとって悪夢でしかない。
奥地への進撃のために占領地を確保するとなると、必然的にそのための人員が必要不可欠であり、そうなると日本軍を大幅に拡大せざるを得なくなる。
そして、それに伴う財政負担はそれこそ膨大なモノになっていく一方だ。
人やモノを支えるために、更に人やモノが必要になるという悪循環までも引き起こされてしまう。
その果てがどうなるか。
最悪の場合、日本から明に講和を呼び掛けるという屈辱を舐めることになるのは必至だった。
だから、日本は明や朝鮮に対する戦争を回避し、ひたすら倭寇を使った貿易関係維持に徹してきた。
更に言えば、倭寇に対してそれなりに銃砲等の武器も日本は売却したのだ。
その結果、倭寇はそれこそ幕末から明治の頃のような前装式ライフル砲や銃剣付き後装式ライフル銃を主武装とし、更には機帆船を駆使した上での武装交易に励むようになった。
こうなっては明軍や朝鮮軍が装備している火縄銃や石弾を撃つような大砲、更にはガレー船や帆船といった武器では、正面切って倭寇と戦う等は思いも寄らないとまではいわないが、勝算が極めて乏しい事態が起きるようになってしまう。
このような状況を前にして、明軍や朝鮮軍の心ある軍人達は武器の質的向上、具体的にはライフル銃や機帆船の導入を訴えるようになったのだが。
日本政府というか諜報部等は、そういった状況を予め読んでいて、それなりに裏から明政府や朝鮮政府へと手を回して、そういった動きを阻んだのだ。
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