第65章―11
「私というか、琉球王国政府としては、それこそ北米独立戦争で血まで日本の為に流してきたのです。それに報いる態度を、日本政府は示して然るべきではないでしょうか」
「それについては、私も同意します」
謝名利山親方の更なる追及を、伊達政宗はそれなりにいなした。
「ところで、私の本来の職務は農水です。それについて、主に話すことにしませんか」
「おお、そう言われればそうですな」
政宗は自らの本来の職務について話しませんか、と謝名親方を誘導し、謝名親方も応じた。
そして、琉球王国全体で生産されている砂糖、又、台湾産の米や樟脳についての関税を始めとする規制問題が、二人の間で話し合われた。
とはいえ、ここで話し合われた品々の多くが、琉球王国からの日本への輸出品であり、これに対する規制を減らすことを謝名親方は求めて、政宗はそれに善処する等の曖昧な返答をすることになった。
そして、二人の話し合いはそれなりの時間が掛けられ、謝名親方は言うべきことを言って、政宗の前を辞去していった。
さて、謝名親方が政宗の前を去った後、上里愛は政宗に気分転換させようと、
「珈琲でも飲まれますか」
と政宗に問いかけた。
「ああ、頼む。それから気持ち、塩を入れてくれ」
政宗も疲れていたのだろう、愛の問いかけに即答した。
「塩を入れて良いのですか」
「何だか甘いのを飲む気になれんのだ。塩で目を覚まして、自分なりに考えをまとめたい」
「分かりました」
二人の間でそうやり取りをした後、愛は政宗に珈琲を淹れて、自分の分も作って、政宗と相対するように座った。
「すまんな。片倉景綱を同席させるべきだろうが、謝名親方に戦場談義をさせたくなくてな。君が同席していれば、謝名親方は戦場談義をしないと自分は考えていたが、その通りだったようだ」
「謝名親方も、私の素性をそれなりに知っているでしょうからね」
一口、愛が淹れた珈琲を飲んだ後、政宗は愛に頭を下げて言い、それに驚きながら、愛も言葉を返すことになった。
愛の素性はそれなりに知られている。
愛は、オスマン帝国領内の戦乱によって奴隷となり、カリフに一時は仕えた後、上里清へ奴隷としてカリフから下賜された。
そして、子ども、美子を清との間に産んだ後で奴隷から解放されて上里家の一員になったのだ。
そういった戦乱の悲劇を体験している愛の前で戦場談義での武功を誇る等、謝名親方はどうにもやれないだろう、と政宗は考えて謝名親方との面談の場に愛を同席させて、実際にその通りになったのだ。
「それはともかくとして、琉球王国が日本から完全独立を求めている問題は本当に頭が痛い。それこそいよいよ明帝国との関係について、最終的解決を図らねばならなくなっているのにな。こうした状況の中で、琉球王国から日本軍を完全撤退させること等、とてもできないからな」
「最終的解決ですか」
政宗の独り言は、愛に不吉な予感を覚えさせた。
「ああ。ローマ帝国がいよいよモスクワを目指したのは知っているな」
「勿論です」
「モスクワを制圧して、モスクワ大公国の領土をローマ帝国領としたら、ローマ帝国がそれ以上の領土の拡張をしないと考えられるか」
「えっ」
政宗の言葉は、愛の虚を衝いた。
愛はローマ帝国の東進はモスクワで止まると考えていたのだ。
「勿論、考え過ぎやもしれぬ。だが、ローマ帝国の事実上の再興となった1585年の戦乱で、ローマ帝国とオスマン帝国の講和が為されたのは、マラッカ王国を始めとするイスラム教国の介入の噂だ。更にはそれにイスラム教徒になったモンゴル、タタールの介入も懸念されていたからだ。ローマ帝国はそれを忘れていないそうだ」
愛への政宗の言葉は、徐々に密やかになった。
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