第65章―10
「それならば琉球王国自身が、それなりの軍事力を保持して自国を保全しましょう。日本にとっても、同盟国が積極的に自国防衛を行うことで、好都合な話ではないでしょうか。おっと農水相に話すべきことではありませんでしたかな」
謝名利山親方は、伊達政宗農水相に言った。
「そう簡単には言えないことなのですよ。農水相の私から話すべきことではないですし、陸相や海相の方が詳しく話せるので、琉球王国からの日本軍の撤退について、これ以上私からは申し上げかねます」
政宗は、そう謝名親方に対して韜晦するように言った。
それを横で聞いている上里愛は、顔に決して出ないようにしながら、内心で呟いた。
主の政宗が言うのが正しいな。
属国から同盟国になるだけ、自国の保全の為に軍事力を増強しますとも言っているのに、何故に日本本国は琉球王国からの日本軍の全面撤退に同意しないのか、と言われそうだが。
日本政府としても、現在の琉球王国に対して全幅の信頼を置きかねているのだ。
そもそも論になるが、「皇軍来訪」までは琉球王国は明帝国に朝貢している国の一つであり、その頃までは同じ明帝国の朝貢国であった日本と琉球王国は対等の国であった、といっても過言ではない。
だが、「皇軍来訪」によって到来した圧倒的な皇軍の武力の前に、琉球王国は日本の属国になった。
更にその体制の下、琉球王国は北は奄美諸島から南は台湾等まで自国領を拡大した。
とはいえ、それは日本の属国という立場を琉球王国が甘受した結果でもあった。
この状況について、琉球王国内の国粋派の面々は忸怩たる想いをどうしてもしているらしい。
更に言えば、自分の目の前にいる謝名親方は国粋派の筆頭ともいえる立場にあるとか。
そうなった背景だが、先代の琉球国王の尚永王には実子がおらず、自らの妹の子であり、小禄御殿4世になる尚寧王が1589年に琉球国王になったのが遠因になっている。
尚永王としてみれば、自分に最も近い血統であるとして尚寧王を琉球国王に指名したのだが、このことが琉球王国内では尚寧王の琉球国王即位について微妙な目が向けられることにつながった。
確かに女系からすれば、尚寧王は尚永王に最も近い血統ではあったが、男系男子という観点からすれば、尚寧王は最も近い血統では無かったのだ。
男系男子という点を重視して、別の王族が琉球国王になるべきだったという声が、琉球王国内でささやかれるようになった。
こうしたことが、尚寧王を意固地にして、国粋派を優遇する態度を示す原因となった。
先代国王の遺言もある、自分こそが国王に相応しい、というのを尚寧王が示そうとする程、国内外に対して強い態度を執り、妥協というのが行いづらくなるのは自明の理と言って良い話だった。
そうなると、先代の尚永王まで対日宥和派が三司官等を抑えて、日本と琉球は友好関係になるように琉球王国政府からも努めていたのが、尚寧王が即位してからは国粋派が伸長して、それこそ謝名親方が三司官になる等、日本と琉球王国の関係は微妙になっていったのだ。
こうしたことが皮肉なことに、日本が琉球王国から駐留軍を撤退させにくいという事態を引き起こしている。
何しろ琉球王国の場所は、日本本国が東シナ海から南シナ海へと通じる通商路を防護するところであり、明帝国が混乱したら介入拠点ともなる重要なところなのだ。
そうした琉球王国が日本に反抗的になっていては、日本政府上層部としては却っていざという場合の介入等も考えて駐留軍を撤退させる訳にはいかないと考えるようになっているのだ。
愛にしてみれば、それはそれでどうなのか、と考えなくも無いが。
日本政府の考えも一理あると考えざるを得なかった。
ご感想等をお待ちしています。




