第61章―9
そのように藤堂高虎は考えて実際の行動に移したが、これにはそれなり以上に時間等が掛かる話になるのは必然の話だった。
「ふむ。私の娘をローマ帝国の皇太子ユスティニアヌスの妻にしたいと」
「貴方にとっても悪く無いどころでない話と考えますが」
「うーむ。本当に悩ましい話を持ち込まれたものだ」
言葉の上では苦悩しているように聞こえるが、実際にこのやり取りをしている相手、男の目は笑っているといっても過言ではない。
実際問題として、ローマ帝国の皇太子ユスティニアヌスとの縁談を持ち込まれた際には、相手が冗談を言ってきたのか、と考えた程だった。
だが、ローマ帝国の使節と言う証明書まで示されては冗談で済ませる訳には行かない。
更に言えば、自分が将来のローマ帝国の外祖父に成れる可能性が極めて高いことを考えれば、これは悦んで受けるべき話ともいえる。
最もそれには条件が付いている。
ユスティニアヌスと結婚する際には娘は東方正教徒になっていただく、改宗するという条件である。
勿論、ローマ帝国は多宗教国家であり、表向きは国民がどんな宗教を信じるのも自由ということになっている以上は、将来の皇后陛下がカトリック教徒のままでもよいように思われそうだが。
帝室は東方正教徒で固める、というのが基本方針なのだ。
(尚、このローマ帝国内における「信教の自由」だが、そうはいっても一部の宗教、具体的にはグノーシス主義を採るマンダ教等は帝国内では迫害されていた。
かつてキリスト教やイスラム教シーア派等にグノーシス主義が入り込んで異端のカタリ派等を生み、その異端狩りに苦闘した記録が遺っている以上、グノーシス主義を採るマンダ教が帝国内で嫌われるのも、ある程度は止むを得ない話ではあった)
先年の公会議で、東方正教会とカトリック教会がフルコミュニオン関係を結ぶことに合意して「東西教会の合同」が果たされたとはいえ、かつての「東西教会の大分裂」の影響は大きく、未だにお互いの聖職者、信徒の間に微妙な溝が遺ったままになっている。
そうした状況に鑑みれば、ローマ帝国としては皇太子妃になるのには、東方正教徒になるのを求めるのも当然と言えるだろう。
ふむ、ローマ帝国の使節と面談している男、イェジ・ムニシェフは考え込んだ。
娘のマリナ・ムニシュフヴナは熱心なカトリック信徒だし、自分もそうだ。
娘がローマ帝国の将来の皇后になれるやも、というのは甘美な話ではあるが、その代償が改宗とは悩ましい話だ。
娘の説得に手間取るやもしれぬが、応じるべきかな。
イェジ・ムニシェフは、そこまでは考えたが、そうは言っても大きすぎる代償のような気がして、即答しかね、暫く考え込んだ。
すると、待つのに苛立ったのか、ローマ帝国の使節は想わぬことを言いだした。
「そうそう、上司の藤堂高虎が言っていました。ドミトリー皇子を庇護されているとのことだが、それならば我が国が引き取りたいと。何しろ我が皇帝のエウドキヤにしてみれば大事な異母弟、我が国が庇護するのが当然のことですから」
「何と、トンデモナイことを、そのような御方を庇護しているのならば、速やかにローマ帝国にお伝えするのが当然ではありませぬか」
イェジ・ムニシェフは、即座に主張したが、背中に冷や汗が流れた。
自分達が偽者のドミトリー皇子を擁立して、モスクワ大公に即位させようという陰謀を企んでいることがどこかで漏れているようだ。
確かにイエズス会を巻き込む等、それなりに大規模な陰謀である以上、参加者もそれなりの数になっているので、どこからか漏れる危険は覚悟していたが。
まさかローマ帝国にまで、陰謀の中心と言える偽者のドミトリーが知られているとはな。
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