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第60章―9

 羽柴秀頼の妻の伊奈氏は、北米共和国を始めとする様々な国際情勢に加えて、北米共和国内で起きている宗教問題、オスマン帝国から移住してきたマンダ教徒が宣教活動を行うようになり、そのことがローマ帝国と北米共和国の間で問題を引き起こしつつあること、更にはそのことが、武田信光大統領率いる北米共和国政府の頭痛のタネになりつつあることを、キエフからコンスタンティノープルに帰ってきた夫に対して、少し長くなったが説明した。


 羽柴秀頼は妻の話の内容に驚嘆しつつ、その一方で何故に妻はマンダ教といった宗教問題についてまでも把握しているのか、と疑問を覚えたが。

 妻の伊奈氏は、それこそ羽柴秀頼にしてみれば、ヨチヨチ歩きを始めた頃からの幼馴染、2歳年上の姉的存在である。

 夫が内心で疑問を覚えたのを、伊奈氏はすぐに察してしまった。


「父が書状で知らせてきました。父はミシシッピ河沿いの様々な工事に関わっていて、それで知ったことについて、娘の私に愚痴りたくなったようです。何だかんだ言っても、父から娘への私信にまで査閲は入りませんから」

 伊奈氏は少し声を潜めて、夫に言葉を付け加えた。


「そういうことか」

 羽柴秀頼も、それ以上のことは言わなかった。

 妻の言葉で状況が何となく分かったからだ。


 伊奈氏の父である伊奈忠次は、北米共和国内では最高峰の河川を始めとする水路、運河工事に関する専門家と言える存在である。

 何しろ伊奈忠次はパナマ運河工事に実際に参画していたのであり、その際には羽柴秀吉の右腕とまで謳われ、羽柴秀吉からも、

「伊奈忠次無しでは、私の才能、技術ではパナマ運河建設は不可能だった」

とまで高く評価されたのだ。


(尚、これは少し嘘が混じっているのを、秀頼も伊奈氏も知っている。

 羽柴秀吉としては、伊奈忠次を始めとする北米共和国から来た技術者達を保護するために、こういった言辞を駆使したのだ。

 実際、パナマ運河の実際の建設責任者だった羽柴秀吉がこういったことから、伊奈忠次を始めとする技術者達は、北米独立戦争の間、敵国民だとして抑留されるようなことはなく、自らの家族と共に安楽に暮らすことができたのだ。


 勿論、パナマ運河建設が、本来の祖国である北米共和国にとって独立を阻害するのではないか、と伊奈忠次とて考えなかったことは無い。

 だが、パナマ運河建設というそれこそ世界の経済等にまで大きな影響を与える大事業を遂行することの方が、遥かに重要なことだと考えた末に、伊奈忠次はパナマ運河建設のために粉骨砕身した。

 更には、そういった羽柴秀吉と伊奈忠次の関わりもあって、羽柴秀頼と伊奈氏は結ばれたという側面までもあるのだ)


 羽柴秀頼は、更に考えを進めた。

 義父の伊奈忠次殿は、本来は徳川系の人材だが、技術者ということもあって、武田信光大統領の下でも好待遇を受けている。


(北米共和国は、上級官僚については猟官制を基本的に採用している。

 これは北米共和国独立戦争が遠因としてあり、それこそ泥縄で政府を造らざるを得なかった関係から、採用試験を行って官僚を採用するどころではなく、取りあえずは才能がある知人を官僚に採用せざるを得ず、そのためには猟官性を採用せざるを得なかった事情からだった。

 とはいえ、流石に独立戦争終結から10年余りが経ったので、下級官僚は資格任用制が当然になりつつあるが、上級官僚については既得権益になった側面もあり、猟官制が健在である)


 とはいえ、徳川系の人材である以上、色々と気苦労が絶えることはないようで、更にマンダ教から宗教問題まで起きては、義父としては娘夫婦に愚痴らざるを得ないのだろう。

 そんなことを羽柴秀頼は、どうにも考えざるを得なかった。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 技術が発展しても感性が16世紀から17世紀で止まっているんだ。今更、異端だの異教だので迫害する歴史は終わったはずでしょう。 ガリレオさん達と違って、未来に目を向けられない宗教者。 […
[良い点] 仲が良い夫婦ですね。 著者の登場人物は出来る女性が多いですね。
[良い点]  マンダ教徒の件で北米共和国への苛立ちはありながらもローマ国内で働くアメリカ渡りの人々(秀頼さん夫婦)に妙な圧力とか掛かっては無さそうでなんか安心する読者(´ω`)そーいや今さらだけど(話…
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