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第8章ー19

 サクチャイを安楽死させた後、上里松一大尉は、速やかに小沢治三郎提督に自分のしたことを報告した。

 海軍法務官から尋問されて艦隊軍法会議に上里大尉は掛けられたが、被害者と言えるサクチャイと上里大尉の間の特殊な事情が配慮されたことから、無罪判決となった。

 とはいえ、上里大尉としても、私情からやったことを後悔しており、海軍から本当に去る決意を固めた。

 そして、小沢提督らも、それを引き止めなかったが。

 最後の御奉公を上里大尉はしろ、ということになり。


「シンガポールを基本的に軍港とし、マラッカを基本的に商港とする方向で考える。勿論、基本的な考えで、それぞれ両方の機能をある程度は満たしてくれないと困る」

「それ以外の港については」

「アチェ王国の首都バンダアチェは基本的に商港とすると共に、インド洋方面における日本海軍の前進拠点とする。日本領となるシンガポールについては、日本本土同様に大規模な軍艦の補修等が可能なまでにするが、バンダアチェについては、そこまでのものにしない。あそこは属国だからな」


「我々の言うところの蘭印については、どうするつもりなのですか」

「少なくともジャワ島西部の勢力については、友好関係を結び、スンダ海峡を確保する必要があるが、今のところ、ジャワ島西部の勢力は文字通りの群雄割拠で戦乱が絶えない有様らしい。ある程度の勝者が見えてきた段階で、その勝者に使者を送って、同盟関係を締結することで、ジャワ島西部の確保を図る予定だ」

「それ以外は放置ですか」

「バリ島とロンボク島に関しては、ロンボク海峡がある関係上、完全放置とはいかず、ある程度の影響を及ぼす予定ではあるが、余り力を入れるつもりは無い。マラッカ海峡とスンダ海峡の方が重要だ」

「その通りですね」


 連合艦隊上層部というか、陸海軍上層部との間で、そのようなやり取りがあった末に、上里大尉は軍人というよりも上里屋の主として、どうすれば商港や軍港として有用になるか、という助言を、マラッカやシンガポールの現地において行うことになった。

 実際問題として、上里大尉としても、この助言を行うことができる期間は有難かった。

 ある意味、問題の単なる先送りだ、と上里大尉自身も頭の片隅で想わざるを得なかったが、プリチャに対して、サクチャイの死をどのように伝えるべきか、ということについての整理ができたからだ。


 ともかく、そういった助言等を行ったことから、すぐにはアユタヤに上里大尉は向かえなかった。

 マラッカやシンガポールで現場を実際に観察しつつ、助言等を行った上でブルネイに帰還し、そこから帆船でシャムに向かい、アユタヤの上里屋のいわゆる暖簾を、実際に上里大尉が潜れたのは11月に入ってからのことになった。


 そして、番頭や手代に、更に家族のプリチャや子どもらに帰国したことを、上里大尉は伝えた。

 プリチャは、上里大尉にしてみれば、3人目の子になる娘を無事に産んでおり、上里大尉は娘を早速抱き上げて、智子と名付けた。

 そして、家族揃っての久々の団欒となる夕餉を囲み、子どもらが全員、寝静まった後。


 上里大尉は、プリチャと向き合っていた。

 勘のいいプリチャは、上里大尉が帰国してお互いの目が合った瞬間に半ば覚っていた。

「何があったのですか」

「これを渡す」

 上里大尉は、そっと背嚢の奥底に仕舞っていた骨壺を、プリチャに差し出した。


「誰の」

 そこまで言った瞬間、プリチャは誰の遺骨が入った骨壺なのかを察してしまった。

「あなた」

 プリチャは、骨壺を抱きしめて泣き出した。

 子どもを起こさないように、声を潜めて泣いて、涙を零すプリチャの姿を見て。


 上里大尉は、思わず嫉妬心を抱かざるを得なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] プリチャの話は切ないですね。 男としての嫉妬もあるだろうし何とも言えない話です。 ベストな選択をしたつもりでもこれでよかったのかとあとあとまで考えてしまいそうです。
[一言] 上里松一大尉が軍を離れれば琉球に帰ることもできるだろうけど、それはそれでまた問題が起きる可能性がありますか。
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