第59章―31
「歌を歌うだけで良いのですか」
「ああ。老若男女を問わないし、日当も出すし、食事も付ける」
「それならば、多くの者が喜んで参加します」
「それから農具のフォークを持参してくれ」
「分かりました」
そんなやり取りが羽柴秀頼や石田三成らが先頭に立ってキエフ近郊の農村で行われて多くの農民が集って、又、従前から編制されていたウクライナの民兵隊がキエフへと集められた。
「凄いな。万を超える民衆が集っている」
その情景を見た加藤清正は独り言ちた後、それ以上のことは内心で考えた。
遠目で見れば、フォークを持ってウクライナの農奴が大量に一斉蜂起したようにも見えるだろう。
以前の日本で言えば、竹槍をもって農民が一揆を組んで立ち上がったようなモノか。
このことは、キエフ防衛に当たっているポーランド=リトアニア共和国軍に与える心理的影響は大きいことになるだろう。
他にも浅井亮政は石田三成や羽柴秀頼からの提言を受け入れていた。
キエフ防衛に当たっているポーランド=リトアニア共和国軍はドニプエル川の東岸から、ある程度の食糧等の補給が送られているようだが、これを切断するのはドニプエル川に河川艦隊を持たないローマ帝国側にとって不可能といってよかった。
だが、この補給部隊に流言をロマや民衆を介して流すのは可能な状況にある。
ドニプエル川の東西の往来は、(戦時中なので制限が多少はあるが)自由に行われているからだ。
その補給部隊に対して、ウクライナの民衆、特に多くの農奴が、ローマ帝国側に立って続々と一斉蜂起しつつあるという流言を広めるのだ。
そして、補給部隊はキエフ防衛に当たっているポーランド=リトアニア共和国軍に、それを知らせるだろう。
更に実際にキエフの周囲にウクライナ人の民兵隊の姿が見えるようになれば。
そうなれば、この流言は本当なのだとして、キエフに籠るポーランド=リトアニア共和国軍の戦意低下は更に大きなモノになるだろう。
浅井亮政は、その提言を採用して実行することにした。
流石に1日、2日という訳には行かなかったが、3日を過ぎた頃からキエフの周囲にウクライナ人達は徐々に集うようになり、夜になるとウクライナ語の聖歌、讃美歌を暫くの間、歌うようになった。
そして、それを聞いたローマ帝国軍の将兵も、出来る限り真似てそれを歌うようになった。
こうしたことが数日続いて、その歌声が徐々に大きくなっていくことは、キエフ防衛に当たっているポーランド=リトアニア共和国軍の将兵に対して、補給部隊がローマ帝国が流した流言を結果的に流したことも相まって、キエフ防衛が絶望的な状況になりつつあるという錯覚を与えた。
「ウクライナ語の聖歌、讃美歌を歌う声が徐々に大きくなっている。しかも老若男女を問わずに歌っているようだ。どう見ても数万人の歌声だ」
「ドニプエル川を渡って、東方へと脱出できないだろうか」
「ウクライナ人が相次いで武装して蜂起しているらしい。それをローマ帝国軍も支援しているらしい。ドニプエル川を渡って東へ逃れるということは、ポーランド=リトアニア共和国の本拠から遠ざかることになり、自分からウクライナ人の海に飛び込むようなことになるのではないか」
「ではどうすればよいのだ」
キエフ防衛に当たっているポーランド=リトアニア共和国軍幹部は、この状況を打開する方法について激論を交わすようになった。
だが、その間にもローマ帝国軍のキエフ攻囲に加わるウクライナ人は増える一方となった。
何しろ歌えば、日当も出るし、食べ慣れていないがジャガイモ主体の食事も腹一杯食えるのだ。
ウクライナ人にしてみれば、これ程に美味しい話はめったにないとしか言いようが無かった。
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