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第8章ー17

 皇軍、日本陸海軍の将兵が、この過去(?)の世界に来て、数年が経つとはいえ、マラッカで最も通用する言語と言えるマレー語が話せる者が多数いるか、というと、そう多くは無い。

 何しろ、多くの者が日本本国に住んでいたからだ。

 そうした中で、シャム王国に数年に渡って住み着いている上里松一大尉は貴重な存在だった。

 マレー語もカタコト程度なら、話せなくは無かったからだ。

 そういったことから。


「海軍の軍医にも、マラッカにいる傷病者の治療を助けてほしい、と陸軍から依頼がありました」

「そうは言っても、言葉が通じないのでは、治療行為も困難だ」

「それで、治療の援けとして、一人でも多くの通訳も寄越して欲しい、とのことです」

「上里大尉にも行ってもらったらどうか」

「分かりました」

 そんなやり取りがあった末、上里大尉は、臨時の通訳任務を与えられ、マラッカの市街に、更に傷病者が集められている臨時病院に赴くことになった。


「かなわないな」

 上里大尉は、内心でそう思いながら、病院に入った。

 少しでも感染を防ぐために白衣に着替え、病院特有の悪臭の中に入る羽目になる。

 何しろ臨時に建設、確保された病院だ、屋根があるだけでありがたいと思え、それこそ傷病者が寝かされている寝台も完全に寄せ集め、という状況にあるのだ。

 そういった中で、軍医の回診に上里大尉は付き添うことになった。

 とはいえ。


 ある意味、自分達がやったこととはいえ、民間人も含めれば、軽く2万人近くが要治療状態に、マラッカは陥っており、医療が半ば崩壊している惨状を呈していた。

 何しろ艦砲射撃を始めとする日本軍の攻撃により、概数だがポルトガル軍の将兵、約2000人が死亡、約6000人が負傷していた。


 また、マラッカが封鎖されたことにより、買い占め等が横行し、マラッカは物資不足に陥った。

 そうしたことから、複数の伝染病も発生しており、民間人も1万人近くが闘病中だった。

 更に、日本軍もできる限り、民間人への攻撃を避けたが、流れ弾等による死傷者を完全に防ぐことはできず、更に(ザビエルらが立て籠もった)教会に対する艦砲射撃まであり、民間人も多数が死傷していた。

 どうしても血と排泄物の悪臭が漂うという中で、上里大尉は吐き気を感じながら軍医に付き添った。

 そして。


「うん?」

 基本的に独り言と言うのは、自分の母語で話すものである。

 アユタヤ住まいの長い上里大尉は、ある傷病兵の話す独り言がタイ語、それも自分の現地妻プリチャと同様と言ってよいシャン語訛りが少し混じったタイ語なのが耳に入った。

 マレー語やポルトガル語を話す者が多い中、シャン語訛りが少し混じったタイ語は目立った。

(更に言えば、上里大尉はタイ語の方が堪能だった)


 プリチャはアユタヤ住まいが長くなっており、シャン語訛りがかなり消えてはいるが、それでも生粋のアユタヤっ子の子ども達とは言葉が多少違う。

 どうにも気になった上里大尉は、思い切って私的にタイ語で話しかけた。


「おい、ターク(プリチャの生まれ故郷)の生まれか」

「そうだが」

「名前は」

「サクチャイ」

 上里大尉は、嫌な予感がし出した。


 プリチャの夫は、サクチャイという名前だった。

 更に言えば、その傷病兵の年恰好はプリチャの夫と同年配だった。

 そうこうしているうちに、サクチャイから上里大尉に質問しだした。

「どこでタイ語を学んだ」

「アユタヤだ。つい最近までアユタヤにいた」

 嫌な予感から、自分の身元を上里大尉は少し偽ることにした。


「アユタヤだと。張敬修という男の店を知らないか」

「知っているが」

「俺はその男の店で働いていたが、妻子を残して、帰郷した際にビルマ軍の人狩りで奴隷になって、こんな身の上に堕ちた」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 考えて見るとむかしの日本には「馬車・台車の通れる道を作る」と言う発想がなかったから、当時のアジア・ヨーロッパと比べても交通インフラが貧弱だった。
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