第59章―14
ともかく、そうした背景があったことから、佐々成政としてみれば驚く事態が起きた。
ウクライナ侵攻作戦の戦況好転の為にロマに協力を求めたい、と女帝エウドキヤに陸軍参謀総長として佐々成政が提言したところ、女帝エウドキヤはその言葉をすぐに嘉納して、政府と共にどのような方策があるのか、検討するようにと言ったのだ。
更にエウドキヤは私的な提案までしてきた。
「この際、帝国に積極的に協力するロマに対して特許状を出すのはどうであろうか」
「特許状ですか」
「帝国内の自由往来を犯罪を犯さない限り、これを持つロマに認める。又、これを持つロマの身元は帝国政府が保証するという特許状です。写真をつけ、1年毎の更新等を定めておけば、更に効果が上がるのではなかろうか」
「確かにそれは効果が色々な意味であると考えられます」
佐々成政は即答した。
結局のところ、ロマが欧州全体で差別されている最大の原因の一つが、往々にして個々のロマの身元が明らかでないことだ。
何しろ流浪の旅をしていることが多いロマに、身元を証明しろといっても不可能な話だ。
更に身元が明らかでないから、ロマの多くがまともな職業に着けず、盗み等の犯罪を生業にする者が多くなり、更にロマへの差別が悪化するという悪循環を引き起こしている。
ロマに与える特許状はそういった悪循環を完全に断ち切らないまでも、減らすのには十分な効果を上げるだろう。
更にロマにしてみれば、特許状を持てば、帝国内の自由往来が保障されて、帝国内の官憲から難癖をつけられる危険が大幅に減ることになる。
流浪の旅をするロマの多くにしてみれば、特許状は入手したいものだろう。
そして、特許状を持ったロマがウクライナに浸透すれば、ウクライナの農奴は、そういったロマの喧伝活動から、ローマ帝国に好意的になっていくだろう。
それによって、ポーランド=リトアニア共和国軍とウクライナの農奴の間を引き裂き、ポーランド=リトアニア共和国軍の遊撃戦を徐々に困難に、不可能にしていくのも可能ではないだろうか。
佐々成政はそんなことまで考えを進めた後で、エウドキヤに改めて上奏した。
「大変良いお考えと私は考えます。政府の者達と話し合い、我々に積極的に協力するロマの者には特許状を与えるという方向でも、この件を進めたいと私は考えます」
「うむ。それではよろしく頼む」
佐々成政の返答を受け、エウドキヤはそう指示した。
さて、そういった動きが裏であったことを知らなかったローマ帝国政府上層部の面々は、それこそ上里勝利宰相以下の多くの者が慌てることになった。
何しろ政府の面々にしてみれば、いきなり陸軍参謀総長の提言を受けて、ロマに対する特許状を作る等の、ロマに対する便宜措置を図るようにとの女帝からの勅命が下されたようなものだった。
上里勝利までもが、
「皇帝の勅命とあっては拒む訳にもいかぬが、急にやれといわれてもなあ」
と陰ではぼやくことになった。
とはいえ、ウクライナの戦況が芳しくないのは、帝国政府上層部の面々ほぼ全員が把握しており、何としても打開策を講じる必要があるのも理解している。
そして、その打開策の一つとしてロマに協力させるというのは、それなりに合理性があるのを帝国政府上層部の面々も認めざるを得ない。
更にウクライナの大地を戦乱で余りに荒らしてしまっては、戦後の復興が大変なことになり、帝国の大きな負担になるのも、帝国政府上層部の面々にしてみれば自明の理である。
こうしたことから、ロマに協力させる方策を考えて講じる一方で、他にもウクライナ侵攻作戦を容易にする方策を、軍と協力してローマ帝国政府は様々に検討して、実行に移していくことになった。
特許状の意図が変わっていませんか、というツッコミが起こりそうですが、話しというか伝聞の内に意図が変わることはよくあることということでお願いします。
(この時点では、エウドキヤや他の面々にしてみれば、パスポートのような代物になっています)
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