第58章―14
羽柴秀吉と秀頼父子がそのような会話を交わしていた前後、ローマ帝国の女帝エウドキヤもボスポラス海峡が望める宮殿の一室から、既に何度も自ら読み返してはいるものの、羽柴秀吉の上申書の内容を改めて反芻していた。
「モスクワから外航船で5つの海に赴ける可能性があるとは、全く思いも寄らなかった」
それがエウドキヤの正直な想いだった。
実際、(日本人がもたらした単位で、本来からすれば自分には全く馴染みの無かった単位だが)モスクワから最も近い海でさえも何百キロ離れているのかという内陸都市にモスクワはなるのだ。
そんなモスクワが、巧みに運河網等を建設すれば、5つの海の結節点になるとは。
「全ての路はローマに通じる。その一方で、ユーラシア大陸に面している全ての海にモスクワは通じる、と故郷が謳われるかもしれない」
エウドキヤは、そう自ら口に出して言い、その言葉の意味に酔いしれる想いがしてならなかった。
エウドキヤは改めて自らに流れる血の重みを感じてしまった。
私は(東)ローマ帝国の最後の皇帝コンスタンティノス11世から見れば最も血縁の濃い姪になるゾエの末裔になる。
又、ロシア帝国(モスクワ大公国)の君主イヴァン4世(雷帝)の娘でも、私はあるのだ。
表向きは侍女、実は実姉になるアンナは、夫の前田慶次に完全に感化されたためもあるのだろう。
「そんな重い血筋、本当に捨てなさい。そして、貴方の幸せをまずは考えなさい。公然とは言えないけれど、さらに自分から貴方に押し付けておいて、言ってはならないことだとも考えるけど、私は姉として、貴方に本当はそうして欲しい」
と度々言っている。
本来からすれば、姉の言葉に私は従うべきなのだろう。
だが、その一方、古来から言われている「高貴なる(血筋を承けし)者の義務」を私は感じる。
皇帝として、祖国、故郷を愛する者として、祖国の為に自らは尽くすべきだとも考えるのだ。
そうしたことから考えれば、ローマ帝国の皇帝として、又、ロシア帝国(モスクワ大公国)の君主として行動していくならば、運河の建設等によってモスクワを5つの海に通じる都市にするというのは、余りにも自分にとって甘美極まりない話としか言いようがない。
更に言えば、その話は決して不可能な絵空事ではないのだ。
もちろん、不可能な絵空事とは言えないだけで、現状では遥かな未来の話になるのは間違いない。
まずはウクライナを制した後、ロシア帝国(モスクワ大公国)の君主の地位を、兄のフョードル1世から自分が受け継いだ後の話になるのは間違いない。
又、ロシア帝国(モスクワ大公国)内では、自分が本物のエウドキヤなのか、と疑問を持つ貴族が数多くいて、自分がフョードル1世の後継者としてロシア帝国(モスクワ大公国)の君主になることに反対している者も数多いると聞く。
自分はそういった貴族を粛清しないと、ロシア帝国(モスクワ大公国)の君主にはなれないだろう。
エウドキヤは更に考えざるを得なかった。
私は父のイヴァン雷帝が心底嫌いだった。
何しろ自分や姉達を幽閉して生涯を独身で送るように強いたのだ。
その結果として、次姉のマリヤは心を病んで病死してしまい、それを恨んだ私は長姉のアンナと共にエジプトへと逃れることを決めた。
そして、エジプトで日系人の援けを得て、自分はローマ帝国を復興させることに成功したが。
気が付けば、自分は父と同じとまではいわないが、似たような路を歩んでいるのではないだろうか。
自分に反対する者を叩き潰し、それによって国を強くしようとする。
父がしたことではないか。
私は結局は父が歩んだ路をひたすら歩み、自分の未来を切り開いていくことになるのかもしれない。
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