第57章―4
さて大和級戦艦についてだが。
「日本の戦艦としては、初めて主砲に三連装砲塔を採用、そして、副砲を高角砲と兼用するとはな」
上里丈二中佐は、大和の威容を見ながら、内心で呟いた。
大和級戦艦だが、完全に長門級戦艦を圧倒できる、それこそ長門級戦艦2隻を大和級戦艦1隻で相手どれるような戦艦にしようと設計がなされ、更に建造されることになった。
そのために46サンチという史上最大の巨砲が主砲として採用された。
そして、主砲は45口径案と50口径案が提案されたが、最終的に45口径で建造された。
大和級戦艦に、46サンチで45口径という主砲が採用された理由だが、幾つか挙げられる。
最大のネックになったのは、50口径にした方が砲身寿命が低下するという問題だった。
どうしても長砲身を採用すると砲身寿命が低下するのだ。
そして、46サンチという巨砲の砲身交換となると、それなりどころではない費用が掛かるのだ。
他にも、あくまでも計算上に過ぎないが、長砲身にする程に弾着がばらけるという問題や、敵艦に命中した場合に敵艦の装甲板を打ち抜く能力等について、45口径の方が良いという主張が為された。
この辺りを深掘りすると、長砲身にする程、大落角砲弾が敵艦の水平装甲板に命中して貫通する可能性が高まる一方で、敵艦の垂直装甲板に命中して貫通する可能性が低下するという問題が生じる。
この点については、敵艦との砲戦に際しての向き等も関係するので、単純には言えないのだが、接近する程に垂直装甲板に命中する可能性が高まり、遠距離になる程に水平装甲板に命中する可能性が高まるという関係にある。
そして、実際の戦艦の砲戦距離を考えると、最大でも水平線等の関係も相まって、敵艦に有効な打撃を意図して与えられるのは三万メートルがギリギリという結論があること等までも考えると、大和級戦艦の主砲は45口径が相当という主張が優勢になったのだ。
後、主砲を50口径にすると、唯でさえ重い主砲塔が更に重くなるという問題点も指摘された。
何しろ45口径にしても、大和級戦艦の主砲塔1基の重量は約2500トンに達したのだ。
ちなみに史実の陽炎型駆逐艦は基準排水量で約2000トン、秋月型駆逐艦は基準排水量で約2700トンだった。
つまり、大和級戦艦の主砲塔1基は、大型化した第二次世界大戦時の標準的な駆逐艦1隻の基準排水量並みの重量がある代物であり、当然のことながら、それを旋回等させるのも多大な力が必要で、長砲身にしてそれを重くするとそれだけ動きが鈍くなるという問題が生じるのだ。
そういった諸々のことを検討した末に、46サンチ45口径が大和級戦艦の主砲として採用された。
さて、話が変わって、大和級戦艦の副砲と高角砲が兼ねられることになった経緯だが。
(この世界の)日本海軍は、巡洋艦や駆逐艦を大量に保有しており、それこそ(この世界)第二位の海軍を建設している北米共和国と比較した場合でも、艦隊戦に突入した場合には巡洋艦や駆逐艦の数において優勢な状況下で戦えるという判断が大前提としてあった。
そうしたことから、この際は大和級戦艦は12.7サンチ砲で副砲と高角砲を兼ねて24門を搭載した方が、航空機の脅威に対処する観点からしても妥当であるという主張が為されて、それが海軍全体に受け入れられることになったのだ。
敵巡洋艦や駆逐艦の襲撃に対処するのは、味方巡洋艦や駆逐艦に多くを委ねるという発想だった。
この辺り、敵巡洋艦に対処するのに12.7サンチ砲では頼りない、という批判もあったが、日本海軍の補助艦艇の数の多さから割り切るべきとの主張が勝り、副砲と高角砲は兼ねられることになったのだ。
大和級戦艦の主砲の配置につき具体的描写がありませんが、史実通りの配置で9門装備になっています。
(誰が何と言おうと、この点に関してはその配置が最良で説明不要である、と私は確信しています)
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