第1章ー10
結局、その喧噪が治まるのには、小1時間以上がかかることになった。
というか、その情報を秘匿するよりも、速やかに連絡が着く部隊全てに知らせた方が、将兵の不安を鎮められるだろう、という判断から、連絡が着く全ての部隊に無電でこの情報を知らせた結果、その情報を受けた部隊も、騒然となったからだ。
そして、ほとんどの部隊が、過去にいるらしいことに混乱はしたものの、自分達が完全に寄る辺なき身に陥ったのではないか、という不安が多少は取り除かれると共に、前を向くことが徐々にできるようになった。
時代は違うとはいえ、祖国日本があるらしい。
そして、史実通りなら、天皇陛下は、逆賊の武士どもに政治を握られ、御いたわしい有様にある筈。
祖国日本に帰還し、史実通りの状況に天皇陛下がおられるのならば、天皇陛下をお救いし、天皇陛下が政治を行う、日本本来の国体を取り戻さねば。
そう陸軍の山下奉文中将が、まずは獅子吼すると、陸軍の将軍は挙って同意した。
更にそれに煽られるかのように、海軍の提督も相次いで、その意見に同意した。
そして、上層部がその意向を指揮下にある将兵に告げると、ほとんどの将兵も同意した。
そうだ、天皇陛下をお救いし、祖国日本を救わねば。
そういう想いに、多くの者が駆られたのだ。
そのためにも。
「マニラは大日本帝国領とし、正確な額は後で定めるが、納税を命じ、一時的に我々の軍政下に置かれる。言うまでもなく、天皇陛下の名において、マニラの住民の生命、財産等は保障される」
「あのう、言われていることが、サッパリ分からないのですが」
「無知蒙昧な輩には、分からんだろうが。大日本帝国の統治下に、天皇陛下の恩寵の下に置かれることに、お前らは心から感謝しろ」
「何で感謝しないといけないのでしょうか」
「それが理解できないのが、いかんのだ。今からお前らを皇民、大日本帝国の臣民として教育してやる」
(なお、言うまでもなく、実際には、こんなスムーズなやり取りはしていない。
お互いにまともに言葉が通じ無い中、最終的には、
苛立った山下中将が、
「お前らに赦される返答は、はい、だけだ」
と使節団を怒鳴りつけて、使節団長が屈服した、といのが真実らしい)
そんなやり取りがあった、という伝説が後々で流れることになるが。
マニラから派遣された使節団は、大日本帝国海軍の武威の前に無条件降伏し、マニラが大日本帝国陸海軍の軍政下におかれることに同意せざるを得なかった。
更に使節団からの復命を受け、当時、マニラを統治していた現地政府(当時、マニラは住民間の話し合いによる自治下にあり、ある意味、自由市といってよい存在だった)は、武力抵抗は無意味である、と判断して、大日本帝国領となることに同意した。
ここに20世紀から来た大日本帝国陸海軍は、最初の根拠地と共に、新たな日本領を確保した。
「さて、最初の根拠地は確保できたが、主力は、速やかに祖国日本を目指さねば」
「全くですな」
12月16日、マニラに置かれた臨時軍政府の仮建物内で、山下中将と近藤中将は会話をしていた。
「本来なら全力をもって、日本に向かうべきなのでしょうが、燃料等が無いとどうにもなりません」
「そのためにも、戦力の一部を割いて、ボルネオ等を制圧せねばならないか」
「ええ」
山下中将と近藤中将は、深刻な顔で話し合いをせねばならなかった。
「もっとも、ボルネオに原油があるのかも不明です。マニラの住民の情報では、ボルネオ島はあるものの、そこに油田があるかまでは分かりませんでした」
「この時代では、油田は邪魔モノに近いですからな」
二人は渋い顔をし、会話せざるを得ない。
「ともかく全力を尽くしますか」
「そうですな」
黒船外交ということで、少なからず悪ノリしました。
ご寛恕ください。
これで、第1章を終え、次から第2章になります。
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