第53章―19
「確かに国威の発揚という観点もありますが、宇宙を目指そうという想いは三国共に共通のこと。それに現状では余りに遥かな道のりで、10年、20年は月に赴くまでにかかるでしょう。それを少しでも縮めるために、三国が共同するのは悪くない話ではないか。家康殿」
取り敢えずは妻の美子に任せるか、と沈黙を保っていた織田信長がそこで口を挟んだ。
「確かにそうかもしれませぬが。こういったことは我が国の国制上、大統領を務める儂の一存で決められることではありません」
家康はこのままでは防戦一方になると踏み、国制を持ち出して逃げに入った。
尚、家康の横では本多正信が、家康の言葉に無言で肯くことでそれに加勢した。
「裏返せば、現在は共同研究は自由ということになりませぬか。それとも何か共同研究にしては不味いとして、何らかの規制が掛けられているのですか」
美子はすかさず切り返した。
「それは」
家康は言葉に詰まり、正信も苦汁を飲んだような顔になった。
実際問題として、北米共和国内において宇宙ロケット開発を国の直轄で行う等の法的規制が行われている訳ではない。
何故ならば、宇宙ロケット開発となるとそれこそ巨大な費用が掛かるし、人材を駆り集める必要がある以上、当然に国しかできないという思い込みがあったからだ。
だから、逆に法的規制とかが却って行われていなかったのだ。
「今から規制を掛けるようなことをしては、却って疑心暗鬼を生じさせませんか」
「確かにその通りですな」
美子は追い討ちを掛け、家康は手短に答えざるを得なかった。
「ローマ皇帝エウドキヤの義妹の小督と徳川家康殿の跡取り息子の秀忠殿との結婚の贈り物として、宇宙ロケット開発のお金と人をローマ帝国から贈りたい、とまでもエウドキヤは仰せでした。新婦のご家族からの結婚式の贈り物を、徳川家はまさか断られるとでも」
「「うん」」
美子の言葉に、家康と正信は、信長夫妻の企みにようやく気付いた。
これは断れぬ。
それこそ様々な儀礼上、新婦の家族からのこのような贈り物をお断りする等、出来よう筈が無い。
「全くその通りだな。それから、織田家としても可愛い姪の結婚の為に色々と贈り物をせねばなるまい。帰国したら、周囲に相談しよう」
「何方に相談します」
「義弟の小早川道平に言ったら、木下小一郎殿に、島津義弘殿、小早川隆景殿と言った辺りにも相談しましょうと言っておったな」
「確かにその辺りに相談すれば、万が一という疑いを招くこともないでしょうね」
家康と正信がどう答えるのがよいだろうか、と目で相談していると、織田信長夫妻はそんな会話を更に始め出した。
家康と正信は顔に懸命に出さないようにしたが、織田信長夫妻の会話に背筋が冷たくなった。
首相に陸相、海相にも相談するだと、軍事面の問題が起きないように相談するという建前が通るし、更には日本の政府、軍が北米共和国の宇宙ロケット開発に半公然と介入してくるだろう。
しかも、それをこちらからは断りにくいのが更なる難点だ。
何しろ結婚式に伴う贈り物なのだ、断る口実が極めて難しい。
更に言えば、小早川道平は織田信長夫妻を介して、小督の義理の叔父になる。
だから、身内でもない方とは言いにくく、更に現外相である以上、外国と付き合うのに疑念を招かぬように首相や他の閣僚にも相談した。
更にはその話を聞いた首相や他の閣僚を祝意から贈り物をすることに決めた。
何しろローマ帝国と北米共和国の親善のためでもある。
と日本政府は、北米共和国に対して善意の押し付けが公然とできることでもある。
それに対して、身内だけで行うという建前論を貫くのはやりづらい。
小早川道平が小督の身内なのは全くの事実だからだ。
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