第52章ー3
「その他にも国防省の設置、更には日本と異なって陸軍中心と言ってよい参謀本部の設置を、オスマン帝国において進めるか。何かというと陸軍が主で海軍が従にならざるを得ないのが、オスマン帝国の現実だけど、僕の立場も考えて欲しい。小早川隆景海相は、僕のことを命の恩人の一人だとして庇ってくれているけど、村上武吉軍令部総長は、僕のことを海軍軍人の気骨が全く無いとまで批判していて、オスマン帝国で陸海軍対等に尽力していない上里丈二大尉が日本に帰国したら予備役編入処分にしろ、と喚いているとのことだ」
上里丈二海軍大尉は、嘆くというかぼやくように、兄の上里清陸軍少佐に言った。
「そうは言っても、現在の各陸海軍部は、各省優越の原則があるから、海軍で言えば、軍令部総長が幾ら喚いても、海相がはねつければ済む話だろう」
(註、内閣の統制を軍部に効かせるためもあり、史実の昭和前期までの日本海軍と同様に、この世界の日本は陸海軍共に大臣の方が、参謀総長や軍令部総長よりも格上になっています)
上里清陸軍少佐は、弟に疑問を呈した。
「考えが甘いよ。村上軍令部総長は、海軍内では様々な戦功によって現役軍人では筆頭の英雄だ。それに対して、小早川海相は戦艦金剛喪失の負い目がどうしてもある。軍法会議の結果、当時は海軍大佐だった小早川海相に責任は無いとの無罪評決にはなったが、言う人はやはり言うからね。同族の誼もあって、(異母兄の)小早川道平外相が乃美宗勝元帥に裏から働きかけることで、小早川海相が誕生していて、村上軍令部総長も自分が軍政をよくわかっていないのを自覚しているから、海軍部内は表面上は落ち着いているけど、村上軍令部総長が獅子吼したら、小早川海相では完全に抑えられないのが現実さ」
上里丈二海軍大尉は、兄に更に嘆いた。
「事情は分かるが、それは何ともし難い話だ。場合によっては、裏から手を回せなくもないが」
上里清陸軍少佐は、敢えてそこで言葉を切って、弟を見据えた上で言葉を継いだ。
「それをやって良いと自分で言うか」
「そこまでは言えないよ」
兄の言葉の裏を読んで、上里丈二海軍大尉は即答した。
「それなら我慢するしかない。そもそも私達の父も海軍大尉で事情があったとはいえ退役した身だ。そこまで海軍という組織に忠誠を誓う必要はない。それに自分達の正妻を考えるならば尚更だ」
「凄い論理を言うな。だが、そう割り切るしかないのだろうな」
兄弟の話はそこで一旦は途切れた。
さて、少し内幕話をさせてもらうと。
上里清と丈二兄弟の義姉は、言うまでもなく織田(三条)美子である。
そして、美子は尚侍として帝に近侍しており、いつでも帝に意見を述べることができる。
清はそれを裏で使って帝から村上軍令部総長にお言葉を賜りたいとでもいうのか、と言ったのだ。
そして、丈二は流石にそんなことは言えないと拒んだ次第だった。
更に二人の父の上里松一は、美子の実父であるサクチャイを安楽死させたことから、海軍から退役せざるを得ないことになっている。
又、清の妻は広橋家の出身であり、丈二の妻は甘露寺家の出身である。
共に文官職を歴任する名家家格の家の娘であり、帝や皇族の傍に侍ることの多い家の出身になる。
そうしたことから清は丈二に対して、海軍に対してそこまで気を使う必要はない。
お前は帝に忠誠を誓うべき存在だ、と暗に言ったのだ。
更に丈二も兄の言うことはもっともだ、と表面上は得心した次第だった。
(とはいえ、丈二は内心では完全に得心している訳では無かった。
実際問題として、村上軍令部総長からの圧力は丈二にそれだけ心労を掛ける代物だった)
兄弟は無言で目で話し合った。
陸海軍の対立は厄介だ。
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