第66話 魔印の二人 -remake-
【半二次創作】
・Twitter企画[#みんなの小説を私の文体でリメイク]より
かわかみさん様による本編「第66話 魔印の二人」リメイク
参照『みんなの文体をわたしの文体でリメイク』
▶https://ncode.syosetu.com/n6771es/
【キャラクター】
ラムズ、ヴァニラ
*三人称視点 アレンジ/リメイク
あらゆるものがすっかりと月夜に静まった。
ラムズとヴァニラは、一応の見張りをしている。
彼らにとっては楽な仕事だ。なにしろ結界魔法のおかげで、人も魔物も寄りつかない。何かが起きる場面を想像することのほうがよほど難しい。
むしろ、それ以外のところにこそ、各々の目的は存在しているらしい。
相変わらずのヴァニラは酒瓶を軽く空け、ラムズを見る。
「メアリを好きになったなんて、嘘に決まってるの」
言葉が耳をかすめるのを確認してから、彼は振り向いた。
ヴァニラは、ラムズが好意を宣言した事を疑っているらしい。
彼の瞳が夜に光る。
その怪しくも率直な蒼い輝きにあてられ、ヴァニラはラムズのほうを見ていられなくなった。
誤魔化すように新しい酒を開けて、口をつけるふりをする。
「ヴァニラ、大事な話をしようぜ。魔印を交わした仲としての、大事な話」
ラムズの言葉は、不自然なリズムで放たれた。
その余韻が風を押しつぶすかのように辺りを静まり返らせ、わずかに間をあけて、彼女を頷かせる。
ヴァニラはそれとなく、ケンタウロスたちやメアリに視線を向けた。眠っている事を確認すると、ラムズに話し出すタイミングをくれてやる。
ラムズは、淡々と語った。
「たしかに初めはメアリのことを宝石だと思ってそばに置いておこうとしたが、この前のがきっかけで本当にメアリを好きになったんだ。これは、本当の話だ」
一切の装飾が施されていない、トーンの変わらない話し声だった。
彼は、いつもより少しばかり注意深く話している。
ヴァニラはその視線を彼から外して、なおかつ下げると、軽く頷いた。
「なるほどの、分かったの」
ヴァニラは、すんなりと説明を受け入れたようだった。
先ほどまでとは打って変わった様子だが、男にとっては予定調和。疑問符の付かない会話が続く。
風のせいか、空気が歪むように揺れた。ヴァニラは視線を逸らさず問いかける。
「なんで雰囲気を変えたの? さっきだって、ケンタウロスの話くらいすぐ教えてあげればいいの。好きになったならメアリには優しくすべきなの」
第三者の耳には至極まっとうな意見に聞こえた。
主観が立ち入らなければ、誰もが彼女の言う通りの感想を抱くはずだ。
「俺も最初はそう思った。けどこう──好きだから優しくするってのは、虫唾が走んだよ。俺にとってはな。それにメアリが『優しいと違和感を感じる』っつったんだ」
彼は、自らの性質についてメアリと一致したことを解説した。
ヴァニラは、それはメアリのためなのかと問う。
「ああ。あとは、どうせ好いてもらえるなら本当の自分を好きになってほしいだろ? この方がずっと俺らしいって、ヴァニラも思わねえか?」
ヴァニラは舌なめずりをする。真っ赤な舌をちろりと覗かせ、かわいらしく笑った。
「本当なの。それはすごくそう思うの!」
頷いたラムズは、その指先で高らかに宙を切ると、そのまま無造作に跳ねた髪を掻いた。あくび代わりの伸びにしては、少々格好の付いた仕草だった。
仲間たちの寝息が聞こえてくる。
ヴァニラは酒瓶を手に取って、喉に通す。
ラムズは、横目でそれを見ながら言った。
「話は終わりだ。んで、気にかけるのをやめたのは面倒くさいからだな、単純に。ヒーローもやめたし」
ヴァニラは、彼が何の話を始めたのかを理解する。
それについて疑問に思う旨を口にした彼女をちらと見た後、ラムズは溜息混じりに心中を明かす。
「俺は基本、宝石とメアリ以外どうでもいいんだよ。あとはあいつが自分で選択して生きてった方が、よっぽど意味があると思ったわけだ」
ラムズの行動原理が少しずつ判明し始める。
その様は非常にゆっくりしたものではあるが、今度は説得力を帯びて響いた。
「なるほどの。ラムズが導くのは良くないの?」
「そうだ。あくまで自分で選んだものじゃねえとダメだ。導いた上での生き方じゃ、いつかほつれが出る」
「そういうものなのかの」
一通り話すと、ラムズは急にトーンを下げた。
「──ヴァニラ、こういうのはな、何ごともテキトウがいいんだよ」
サファイアの目がギラギラ輝いている。どこか違う世界の点を見つめているような、透けて見えない美しい蒼。
ヴァニラは、口をすぼめて小首をかしげる。
「テキトウ、の」
ラムズの恋愛術は、少々変わっているらしい。それがヴァニラの表情からひしと伝わってくる。
「全てを教えてちゃ、つまんねえだろ? それに危うい。同様に、なんでも助けてたら意味がないと思わねえか? 助ける時はいざという時だけ。こういうのは、そういうやり方が、いいんだろ?」
「そんなことしてて、メアリに『ラムズがわたしを本当に好きかどうか分からない』って言われても知らないの」
彼女の指摘は実に現実的なものだったが、ラムズは頷かない。
「俺はいくら誰かを好きになったからって、聖人君子を気取るつもりはない。俺は俺のやり方で彼女を気にかける、ただそれだけだ」
「レオンのこともあるから、ラムズらしく行くことにしたの?」
「ヴァニラ、けっこう冴えてんな。そういうこった」
ヴァニラは頷いて、酒を口にした。
ラムズのやり方は、彼女にとってしばしば理解できないことのあるものだった。
が、今回は彼女にも飲み込める話だったらしいことが、その酒の飲みっぷりからうかがえる。
メアリがそうした、今のラムズという男を好きになるなら、それに越したことはない。
これまで通り、彼のひとつの仮面が彼女の気に入るものであるなら、それでいいはずなのだ。
だが、ヴァニラはその面が素顔を模した物でもあることを知っている。今までにない、それは彼にとってのとっておきの面だ。
仲間に優しく接し、師のように親しみ深く、そして上位に立つ役。ヒーローの如く、何かあればすかさず手を差し伸べてくれる役。
これまでかぶってきたどの皮とも違う。今の彼は、己自身のらしさを演じている。
危ういことではあるが、同時に、メアリとの関係を強固にすることにおいては確実である。そういう方法を採用したのだ。
ラムズ・シャークとは、そのような男である。彼女は、知っていた。
ヴァニラが男をよく理解している背景には、最初にラムズが口にした、魔印という約束がある。
魔印とは、望めばお互いの居場所にいつでも現れることのできるテレポーテーション。魔力を交換することによってそれを可能にする。そういう魔法だ。
空間を超えてさえ互いを引き合わせる術は、それを交わすこと自体がリスクでもある。互いに隠し事が困難になり、魔力の質もある程度知られることになるからだ。
それらに同意しているということは、すなわち強固な信頼関係が存在することを意味する。
二人が真実について話し合えるのも、こういった因果のおかげなのだ。
ふと、ラムズはチェスの一騎を回し始める。
酒を呷あおるヴァニラは、それをぼうっと眺めていた。
すると、独り言のようにラムズは零す。
「この俺の手に、金の腕輪がもう一つ落ちればなあ」
その戯言に耳を衝かれたヴァニラは、焦点を合わすこともなく鼻で笑う。
「そんな何個も聖具が落ちたら困るの」
「そうか? ちょっと面白い場所が増えるだけだろ」
悪魔的な腹を見せたラムズに、特段驚く様子も無く彼女はパチンと返す。
「それに金の腕輪は、もう八個って決まってるの」
「だが七人の神から滴り落ちたとして、残りの一つはどっから落ちたんだ? それならもう一つくらい、いいじゃねえか」
「神様の数なんて関係ないんじゃないの」
ラムズは依然、ポーンを回している。材質の上等なブラックダイヤモンドの輝きが、たまにきらりとラムズの顔を照らした。
「なんとも俺は不幸だ。今後も聖具が落ちるたびに、こんな目に遭うんだろうか」
全く不幸とは思っていないような物言いだ。
むしろその状況を楽しんでいる、そうとさえ思える。
ヴァニラは無視を決め込み、酒瓶の底に残った一滴を口の中に落とした。ペロリと舌で唇を舐める。
ラムズのサファイアの瞳がチカチカと瞬いた。
「楽器の聖具なんかが落ちた時には、また同じことになんな」
「宝石が付いた?」
「もちろん」
快答にくすりとし、ヴァニラは心にもない同情を贈る。
「たしかにそれは、ラムズが可哀想なの」
ラムズは気にとめる様子もなく、ポーンで器用に技を見せる。
「その時はミューズか。まあ先に見つけるしかねえな」
「そもそも、神の機嫌を損ねるようなことをするのはやめればいいの。そうすれば楽器の聖具が落ちるなんてことは起こらないかもしれないの」
「ああ、たしかに?」
ラムズは宙にポーンを放った。約束された軌道を走り、彼はラムズの掌に落ちる。
不敵な男は、コートの内ポケットにそれを滑り込ませた。
「もうちょっと大人しくしていれば、レオンだって来なかったかもしれないのにの」
「そう思うか?」
「たぶんの。価値観が違う分、面倒なことになりそうなの」
「ああ。人間ってのは一番弱いが、案外一番やっかいだからな。あと、転移者」
「ん?」
「おそらくまだいんな」
「へえ」と、音のない声を出した。
ヴァニラはそんなことには興が乗らないようだ。ラムズと関わってさえいなければ、出会うこともないからだ。
体をなんとなく左右に揺らしながら声を出す。
「なんでそう思うの?」
「二人より三人の方がキリがいいだろ」
「ただの勘なの?」
「ああ。最後の一人は一体どんなふうに捻じ曲げられたんだか」
ラムズは遠いどこかを見るような目付きで、けだるそうに夜の森を見た。
闇に堕ちた森を美しく反射するその目は、ここまでの間に重要な話をしたとは思えないほどに無機質だった。
全ては記憶の積み重ね。
この男は、目の前で起きた事象の記録者でしかない。
彼にとっては、あらゆる問題は問題ではない。
そう、サファイアの海は語っていた。