第54話 酒の在庫 -remake-
【半二次創作】
・Twitter企画[#みんなの小説を私の文体でリメイク]より
もさ餅様による本編「第54話 酒の在庫」リメイク
もさ餅様(https://mypage.syosetu.com/1107233/)
【キャラクター】
ヴァニラ、ジウ
*三人称視点 アレンジ/リメイク
「――なんでなのぉおぉぉぉー!」
ヴァニラの悲痛な叫び声が、宿屋の一階で木霊した。
ジウは堪らず耳を塞ぐ。宿屋の一階にいる他の客も、かなり迷惑そうな顔をしていた。
それに気づいたジウは耳から手を放すと、彼女の腕を掴んで宿を飛び出す。
外に出ると、風がジウの頬をなぞった。
街の外壁から僅かに太陽の余光が漏れ、周りの建物が赤く染まる。
影も伸び、街灯の灯りが付き始めている。
ジウたちが泊まっていた宿屋の通りには、身なりが汚く、やつれた体つきの者が多い。
道を歩く男に声をかけている娼婦なども、どこを向いても必ず一人は視界に入る。
お世辞にも、治安の良い通りとは言えなかった。
ヴァニラが喚き声に、通行人は顔をしかめるだけ。
ましてや、話しかけようとする人など一人もいない。
治安の悪い場所で、無闇に他人に話しかけるのは危険なことなのだ。
「うわあぁぁあぁぁあん! ねえぇぇえ! どこなのぉぉお? ヴァニの、ヴァニのぉぉ……」
「ないんだってば! お酒はキミが全部飲み干したんだろ!」
まあ、こんなアルコール中毒に話しかける人など、治安の良い場所でもいないだろう。
「うるさいの!」
ヴァニラはぴょんと飛んで、小さな掌でジウの首元を掴む。
ジウは首元を掴む彼女の腕を抑えた。
彼女の力はそれほど強くなく、ルテミスのジウならば簡単に放すことができるのだ。
そして、ジウはヴァニラの両手を今度はまとめて掴むと――。
「どこ行くの! ヴァニのぉ、ヴァニのお酒はぁー? ヴァニのぉ……」
彼女を引きずり歩き始めた。
――その後、ヴァニラはなんとか二足歩行でジウについて歩くことになり、ずっと引きずられて連れていかれることはなくなった。
……しかし、ヴァニラはそれでも懲りずに後ろで騒ぎ続けている。
ジウは彼女の口を塞ぎたい気持ちに駆られたが、なんとか思い留まる。
(早く酒を渡そう……)
それは、もはや諦めだった。
ジウは少し歩いたところにある居酒屋に入り、ヴァニラもあとに続く。
――そこに入ると、まず二人を襲ってきたのはむわっとした熱気。
客が入ってきたことに気付いた店主は、厨房から声を張り上げる。
「お二人さん?! 何飲む!」
「お酒なの! お酒なの!」
「あいよ! エールでいいね!」
「いいの!」
瞳を輝かせ始めた彼女に、ジウは肺の底から息を吐いた。
空いている席に座ると、ヴァニラにも座るよう促す。
そこの居酒屋はなかなか評判の良い所らしく、客は多かった。
柄の悪そうな見た目の者もいるが、皆楽しそうに談笑している。
乱雑に机が並べられ、その机に足を掛けて座っている者がいる。
大きな笑い声がたまに響く。
一人の娘は、忙せわしなく客席を回って料理を運んでいた。
「エールだよ」
ドンと、大きなグラスが二つ机に置かれる。先ほど話しかけてきた店の主人だ。
「ありがと」
主人はすぐに厨房に戻った。店のあちこちから注文を頼む声が聞こえる。
そそくさと酒を飲み始めるヴァニラに、ジウは疲れた顔で話しかけた。
「明日からどうすんの……」
「何がなの?」
「だから、あそこの宿の酒、もうないんだよ?」
「どうしようなの……」
「どうしようなの、じゃないから!」
ヴァニラはジウ、ロミューと同じ宿に泊まっていた。
彼女は毎日、四六時中一階の食堂に入り浸っては、ひっきりなしに酒を注文し続けていたのだ。
そんなヴァニラに対して、最初は宿の主人も儲かると喜んでいた。
しかし、彼女の様子に主人は段々と焦りを見せ始める。
それもそうだ。その飲みっぷりと言えば、空っぽの容器に水を注いでいるようなものだったのだから。
――そして、とうとう、店にある分の酒を彼女は全て飲み干してしまった。
宿の主人は明日酒を仕入れるとは言ったが、ヴァニラにはもう飲まないでくれと釘を刺す。彼女のせいで他の客の分がないのである。
酒を飲むなと言われ、ヴァニラは食堂の中で騒ぎ出した。
二階にいたジウは、彼女の声に気付いて訳を知り、宿の迷惑にならないためにも(半分手遅れだが)宿から飛び出した。
――そんなことがあって、今に至る。
ジウは机の上で頬杖をついた。
「なんでこんなにおかしなヤツばっかりなんだよ……」
「何がなの?」
ジウはキッと彼女を睨む。
しかし、ヴァニラはそんなジウを気にも留めず、満面の笑みでお酒を飲み続ける。
「レオンとか! キミとか! メアリは半分人魚だし! ラムズもおかしいし!」
「ヴァニはおかしくないの」
「おかしいから。全くどうするんだよ……」
「ラムズに聞いてみるの?」
「なんで船長?」
「分かんないの。でもなんとかしてくれるかもしれないの!」
(こんなヴァニラに頼られる船長……)
彼女の言葉を聞いて、ジウはラムズを憐れに思った。
ジウは自分の分であったはずのエールが、知らないあいだにヴァニラに飲まれていることに気付いたが、もはや溜息を吐く気にすらなれない。
酒が切れる前にラムズの所へ連れていくことに決め、店の主人に金を払った。
飲み終わったヴァニラの手を引いて居酒屋を出る。
居酒屋の滞在時間は10分もなかった。