宝石職人とラムズ
【二次創作】
むぎ様(@mugikomugi_0531)による二次創作
▶ https://twitter.com/mugikomugi_0531/status/1568191173600358403?s=46&t=iMYxst_YC1rcWlxeG8eqkQ
【?】
宝石職人から見たラムズの話。令嬢がラムズの誕生日一月一日に宝石を送る話。
→続き:職人の弟子から見たラムズたちの話
【キャラクター】
ラムズ
【訳者よりコメント】
ラムズの描写がいつも本当にお美しい……!! ラムズに送る宝石も本当に豪華そうでとても綺麗でした。特に寡黙な職人のこの職人らしさが非常に好感が持てて、ラムズへの印象が変わるシーンが見事でした。こんだけ美しすぎる描写の後の、ラムズさんの超気のないような軽率に発されたセリフよ……この緩急が好きです。
また、なんとむぎさんはこれの続きまで書いてくれました……!! 今度は職人の弟子さん目線で始まり、ラムズさんと職人さんが仲良しな雰囲気なのに心が癒されました。最高でした……。
三人称視点
金の美しい装飾がなされた石座に、大粒のサファイアを嵌め込んだ豪奢な耳飾り。それを宝飾品職人である彼のもとに持ち込んだのは、彼女の祖母の代から懇意にしてもらっているとある侯爵家の三女だった。
「これをリデザインしてほしいの。次の年が始まるまでに、お願いできるかしら」
サファイアの耳飾りは確か、彼女の祖母が生家から持ち込んだ装飾品だったはずだ。一年の始まりの日のパーティでお召しになるのですかと目の前のお嬢様に訊くと、彼女は予想外に首を振った。
「その日にお生まれになったかたへ贈るのよ。とってもお美しいかたなの。あのかたに相応しい、もっと素敵な耳飾りにしてちょうだい」
祖母の形見を贈る相手とは、婚約者だろうか。職人のその問い掛けに彼女はまた首を振ったけれど、その頬は淡く色付いていた。
彼女曰く、贈る相手は白い肌に銀の髪。このサファイアよりもなお青い瞳の青年貴族だという。
血管が透けそうなほどに白くきめ細やかでありながら、血のめぐりを感じさせることのない肌は白磁のごとくどこまでも白く滑らか。銀の髪は月の光を集めて絹職人が丁寧に梳いたような繊細さで、そのかんばせはこれまでに社交界で知り合ったどんな貴婦人よりも美しかった。
うっとりと贈る相手についてそう語る彼女の言葉に、寡黙な職人である彼は決して余計な口は挟まなかった。恋する少女はいつだって相手を美化してしまいがちだと心の片隅で考えながらも、彼女が望むまま耳飾りを加工していった。
カボションカットのサファイアを丁寧に石座から外し、より煌めくようにファセットカットにリカットする。銀で新たにこしらえた石座には、彼女が持ち込んだ小さなダイアモンドを幾つもちりばめた。蔦のように繊細な銀細工で装飾を施し、青い宝石を抱く植物を想像させる耳飾りに作り替える。
完成した耳飾りに、彼女はひどく満足げに微笑んでいた。それが前の年が終わる、少し前の出来事だ。
職人はいま、贈る相手について彼女が語った言葉が『恋する少女特有の大袈裟な語り口』ではなかったことを知った。
その青年は夕刻、ぶらりと職人の店にやってきた。街のすべてが焼け落ちるような夕焼けを浴びてなおその肌は白く、降ったばかりの雪のように冷たくもぼんやりと光を内包していた。髪は見事な銀色で、さらりと軽く流れるそれは女性のもののように艶やかだ。
そしてなにより、その造作! 容姿の整った使族はいくらでも知っているが、彼は職人が知る限りのどの使族とも異なる美しい目鼻立ちをしていた。縦と横の比率がほぼ完璧に整ったまろい輪郭に、涼やかな目許。鼻筋はすっと通っており、薄い唇には真意の読めない淡い微笑が浮かんでいた。
装いはいかにも貴族然としている。一目で上等とわかる黒の外套に、ストールをゆるく巻いていた。ストールの色も黒だがオニキスでも縫い付けているのか、青年のゆったりとした仕草に合わせて時折朝露のようにきらりと光る。
もっとも印象的なのはありとあらゆる青のインクを混ぜて溶かし、しかし奇跡的にまったく濁らなかった湖のように複雑で深い青色の瞳だ。そしてその耳にはあの、職人がリデザインを手掛けた耳飾りが輝いていた。
「この耳飾りをデザインした職人に依頼したいんだけど、ここで合ってる?」
柔らかな声とともに小首を傾げる青年貴族の瞳に魅入ったまま、職人はどうにか頷いた。
新しい一年が始まったばかりのことだった。
×××
夜の帳が街に降り、冷たい紺色の風が遠く酒屋の喧騒を運んでくる時分。
青年が弟子入りしているこの宝飾品店に、最近この時間帯から来店してくるお客様がいる。
梳き流した銀糸のような艶やかな髪に、月の光に透かしたサファイアのような瞳。ひどく美しいその青年貴族のお客様は今夜もやってきて、作業台の内側に親方が置いた椅子へ腰かけ、宝石が加工されていく様を眺めていた。
貴族としての位を捨てて親方に弟子入りするつもりなのかと問いたくなるほど、飽きることなくじっと視線を注ぐお客様。前回のご来店では宝石の切り出しをしている親方を目にして何故だかすぐに帰ってしまわれたけれど、今夜はまた食い入るように熱心に見入っている。
最初に彼を目にしたときは温度を感じさせないお人だと思ったものだが、ああして親方の手元を眺める姿は無垢な興味に満ちていてたいへんお可愛らしい。
「ただ手を触れただけでも、油で宝石はくすむ。風の魔法で表面の汚れを吹き飛ばすのもいいが、こうして拭ってやると――」
親方もそう感じているのか、彼が来ているとぽつりぽつりと説明をしながら作業をするようになっていた。セーム革を手に、親方が宝石を磨く。柔らかな生成り色のセーム革に包まれているのは、先日親方が切り出したスキャポライトだ。朝焼けの一番高いところのような澄み切った黄色の宝石が、親方がそっと拭うだけで輝きを増す。
「すげえ……本当に綺麗になった……」
「あんたの宝石は油の汚れは極端に少ないが、まったくないわけじゃない。毎晩きっちり磨いてやれば、もっと状態はよくなるぞ」
「拭くのはそのクロスがいいのか?」
「あとで少しわけてやる」
お客様のさらりと耳を撫でていく声と、親方の少しひび割れた声が今夜も心地よく店内に響いていた。