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愛殺 ─あいころ─ 二次創作集  作者: 愛殺読者様
27/28

或る宝石店、七代目店主の話

Ellie Blue様による二次創作

▶ https://mypage.syosetu.com/1022349/


【?】

宝石店主がラムズの誕生日にプレゼントを贈る話


【キャラクター】

ラムズ


【訳者よりコメント】

穏やかな語り口が本当に読みやすくて、主人公の性格もよく表していてとても面白かったです。ラムズさんの普段の様子を第三者から見るとこうなんだな、と改めて素敵な発見のある物語でした。思わず続きの話を書いてしまうほど、この二人の行く末が気になってしまいました…!!



一人称視点 / ほのぼのより


"It's his birthday."

「彼のお誕生日なの」


 この店を訪れたご令嬢方は、揃いも揃ってそう口にする。たいそう嬉しそうに。たいそう夢見心地で。たいそう熱に浮かされたように。

 そうして彼女らはお買い求めなさっていく。恋心を煮詰めて煮詰めて煮詰めて煮詰めたようなルビーを。永遠を、とその鮮烈な輝きに乞い願うようなダイアモンドを。身震いするようなまでの凄みを奥底に眠らせ上品な色を湛えるエメラルドを。


 ここは、古くから続く宝石店。私は七代目の店主。誇張なく本当の意味で、老舗中の老舗の一つだ。

 緻密に計算された照明にディスプレイ、ありとあらゆる内装。その中で狙い定めた通り最上の輝きを放つ宝石。

 私は店のカウンターの内側で、それらの宝石たちとそれらを買い求めるお客様とを見つめ続けてきた。私はしがない人間の男だが、長年培ってきたこの目には、自信がある。


 お客様の中で、先の言葉を口にするご令嬢が年間を通していつだって一定数いらっしゃる。「彼のお誕生日なの」。ある方はお一人で。ある方はご家族と。そしてとても運の向いた方は、その"彼"と。


 銀の髪に青の瞳を持つ美青年。その名を、ラムズ・シャーク様。"海賊のプリンス"とあだなされる御方。

 あだなの示す通り、恐ろしい海賊団の船長をされておられるそうだが、海の方の事情に疎い私にとってはそちらのことはよく分からない。

 私の知る限りの彼は、"プリンス"の名に相応しい、一目見るだけでハッと目を惹き、同時に引きずり込まれるような美貌の青年である。まるで、宝石のような御方だ。

 現に、今この店の中で最も輝いているのは彼だった。数多の宝石をごく自然体で付けこなし、わざわざ狙い定める必要もなく、最上の輝きを放っている。

 彼が付けていらっしゃる宝石はこの店の物もあったが、他の工房製の物から異国の造りの物まで、実に多岐に渡った。そしてそれら宝石に合わせた洗練されたファッション。頭のてっぺんから爪先に至るまで完璧な出で立ち。

 一緒にお越しになったご令嬢などは、店の宝石には目もくれずポーッと彼ばかりを見ていた。


 今年、何人目だろうか。その時ふと私はそう思った。この日はもうすぐ年の節目を迎える時期だった。そして私は続けて思う。果たして来年は今年の人数を上回るだろうか。こうしたご令嬢の人数は。

 きっと、優に上回るのだろうな。私はすぐさま、そう確信めいた予想をする。苦笑いなどはしなかった。お客様に対して大変礼を欠くことになる。そんな無礼はしまい。……そしてなにより、苦笑いしていられる範囲など、とうに超えている。


 ご令嬢が「これは?」とショーケースに並べられた宝石のうちの一つを指し示した。ああ、それでは駄目だな。私がそう思うと、やはり彼は首を横に振った。

 やわらかなウェーブのかかった銀細工のように繊細な髪がかすかに揺れる。海よりも深く空よりも遠い青色をした瞳がわずかに細められる。誰しもが見惚れるのも頷ける、美しい様だった。このようなブローチがもし存在するのなら、それは国を一つ潰してもとうてい買えるものではないだろう。


「俺はこっちの方が良いな」

 甘い笑みを含んだような涼しげな声と共に、彼がショーケースの中、とある宝石を指し示す。やはりこの中ではそれですね。私は心の中で勝手ながらたいそう誇らしく思った。


 とろりと人の心を(とろ)かすようなその一粒石。上質なオイルや瑞々しい果実を思わせる、まろくも深い緑。ジェダイトの最高峰。宝石の愛好家ならば垂涎必須の「琅玕(ろうかん)」と呼ばれる逸品だ。彼の審美眼、宝石愛の、なんとずば抜けていること!

 私は喜び勇んでいそいそと、しかし表面上はあくまでそつなく、彼に見惚れたままでいる傍らのご令嬢とお買い上げの商談に移った。


 心の底から幸せそうに緩やかな表情で微笑む彼と、骨の髄から幸せそうに惚けた顔をして微笑むご令嬢。そうしてお買い上げ後のお二人は、店を後にされる。宝石の包みをその手に持って歩く彼と、その後を何も手に持たず歩くご令嬢。

 このご令嬢が、今年最後の方かな……。その背中を見送りつつ私はそう思った。


 お帰りの扉をくぐる際。彼は私に向かってその深く遠き青色の瞳で目配せをした。

『じゃあ例のやつ(・・・・)、その日に取りに行くから』

 魔法で届けられた言葉が、私の頭の中だけで響く。私はそれに対して、今しているお辞儀をより一層深くする心持ちで深々と頭を下げ続けた。



 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



 それから日が経って、今に至る。太陽が沈んだ直後のやや薄暗い時分。私は照明を落とした店内で一人、カウンターの中に立っていた。

 今日は休業日。厳密に言えば、年末にあたる昨日から年始である今日にかけて二日間、店を閉めている。なにせ年末年始は特別続き。一年の最後の日"イヤーイヴ"の恒例行事に、年が変わる瞬間のみ見ることのできる特別な光景"()(がけ)"と、見どころ満載の二日間なのだから。


 昨晩"明け景"を拝んでから就寝した私は、今日はその分遅めに起きて、のんびりとした一日を過ごしていた。具体的には、住居でもあるこの店で、誰もいない静かな中で輝きを湛える宝石たちをゆっくりと眺めたり、これまでの記録簿を引っぱり出してしみじみと頁をめくってみたりだ。


 今、私の手元には、ある御方の顧客記録簿がある。分厚い紙の束。およそ三、四ヶ月ほど前に新しく書き記して綴じ込んだ紙から、時の流れによってすっかりセピア色になった紙まで様々に。……かの、ラムズ・シャーク様の記録簿だ。

 彼はご自身でも宝石をお買い上げなさる。これまでに幾度かお一人でご来店されて、その度に私が対応をさせていただいた。彼はいつも、そのルックスからは意外なほどまでに無邪気に心を踊らせたご様子で、そうしていつも、サイズや価格帯を問わず的確に上質な宝石をお選びになる。記録簿の頁をめくる度にその際それぞれのことが脳裏によみがえり、私の口から思わず感嘆の息が漏れ出た。

 私は記録簿の最初の一枚、基礎情報の頁を開く。誕生日の欄に「?」マークを伴って書かれたたくさんの日付。その内の一つ、今日の日を表す文字列に、私は丸をつけた。……傍らの「?」は、消さないでおいた。


 夕陽の名残の明るさも次第になくなり、辺りが暗くなってきた。私は記録簿から目を上げ、それを脇に置く。そうして店のカウンターの内側・最奥、店主しか知らない秘密の金庫の扉を開けた。中にはベルベットの布を巻いた、手のひら大の包みが一つ。


 上得意様へのバースディ・サービスとして、私は、心ばかりの贈り物をご用意したのだ。……心ばかり、とは建前で。この老舗宝石店・七代目の私に用意でき得る最上級のサファイアに、先祖代々懇意にしている工房の親方に依頼して銀細工の繊細な装飾を施させたブローチを。私は、造ってしまった。

 こう言っては宝石売りの名折れだが、できたブローチは実に、筆舌に尽くし難い代物となった。この宝石の輝きと深みの前では、どんな言葉も陳腐に色褪せる。

 ただ、もし一言言い表すのなら。「このブローチは、今まで私が見てきたどの宝石よりも、彼に似ている」。

 ……これも自己満足に過ぎないこと。驕り、とも言えよう。(いち)宝石屋の私が、彼のなんたるかを知ることは不可能だ。でも敢えて言わせていただくのであれば。これは、彼をイメージした傑作だ。

 矛盾するようだが、それでもこのブローチ程度では、彼自身にはその足元にも及ばない。

 しかし私は満足だ。なぜならこれは、宝石店七代目店主からの、心ばかりの贈り物なのだから。


 彼の顧客情報記録簿を元の棚に戻す。分厚い紙の束。そう。その紙の色は、真新しい白から長い年月の経過したセピア色のグラデーションを成している。

  我が家に伝わる七不思議の内の一つ。その中の最大の謎。

 不思議なことに、ラムズ・シャーク様の記録簿は、いずれの店主の代でも存在し、脈々と次の代またその次の代へと継がれ続けてきた。

 誰もそれを改めて、そして表立って口にすることはない。それでも歴代の店主はみな悟る。彼は誇張なく本当の意味で、我が先祖代々の店を……。


 いくつものお誕生日をお持ちの、いつまでもお姿の変わらない彼。

 私はいつぞやの折に耳にした、"今日この日が彼の誕生日である"ということが果たして本当なのか否かを知る由もない。ないが、でも。

 私は確信めいた予想をしている。それは本当のことなのだ、と。私は、長年培ってきたこの目にかけて、そう信じている。


 喜んでいただけるだろうか。心配が胸をよぎる。いや、宝石の贈り物を喜んでいただけることは分かってはいるが、それでも祈らずにはいられない。

 あの遠く人を引きはなし深く人を惹きつける青い瞳が、喜びをもってキラと輝くそのただ刹那の瞬間を、私は心待ちにしている。


 ……もうじき、いらっしゃるかな。辺りはいよいよ暗く、明かりをつけてやらないと宝石たちも上手く輝けない頃合いだ。


 明かりをつける前。私は崇高なるブローチの入った包みを改めて見やる。


"It's his birthday."

「お誕生日のお祝いでございます」

 私はそうつぶやいてみた。

 ……ああ、私も似たようなものなのかもしれないな。そこで初めて、私は苦笑したのだった。




 ~End~

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