失恋のはなし
草間えのころ様による二次創作
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【?】
双子の兄妹がラムズを好きになる話です。バッドエンド
【キャラクター】
ラムズ
【訳者よりコメント】
双子のキャラクターがめちゃくちゃよくて!双子って神秘性があると思うんですが、その感じが文体にも出ているように思いました…。双子だからこそ出来上がった話だなと思いますし、ラムズ×男の子の話はとても新鮮で面白かったです。本当にありがとうございます!
一人称視点 / シリアス / 残酷な描写あり
ねえ、この世でいちばん怖いものってなんだろう。
神さま?
ううん、違う。
神さまはいつも見守っているだけ。神さまの運命と僕たちの運命が重なった時にだけ、巨きな手が見えるんじゃないかな。
強い魔物?
怖いけど、いちばん怖いわけじゃない。僕たちは街から出ない。Ⅳ級の魔物だって縁遠い存在だ。
僕が、いちばん怖いもの。
ーーそれは、他人だよ。
青よりも青い瞳がこちらを射抜く。怜悧な眼差しはなにを見ているのだろう。
どくん、と脈打つ心臓は、いったい誰のもの?
※
僕には双子の姉がいる。名前はタレア。ちなみに僕の名前はテレスだ。
僕たちはいつも一緒。ご飯も、畑仕事も、買い物に行くときもずっと一緒。
一緒だった。
カシャンと音がした。タレアが銀器を皿に落とした。心ここにあらずとは、こんな顔のことなのかもしれない。
タレアがいない。数日後から、タレアはどこかへ消えるようになった。でもタレアは僕で、僕はタレア。自分の別の心がちょっと飛び立っただけだと、その時は思っていた。
タレアは着飾る様になった。色石を集めて、細い首を、華奢な手首を、形のよい耳に彩りがあった。
「タレア」
タレアを呼ぶ。タレアが僕ならば、こんなに着かざったりはしない。どんな気持ちなのかを分かち合いたかった。
でも姉は僕の手を振り払って、ひとり夜の街に消えてしまった。
ラムズ。それが、姉を狂わせた元凶。
姉は僕にラムズを語った。
ラムズの髪が銀地に月の光をまぶしてかけたようだとか、
ラムズの身体はまるでガラス細工を生きものに仕立てたようだとか、
ラムズの瞳にかなう美しいものはないだとか、そんなこと。
最初は僕も自分ごとだと思って話を聞いていた。でも正直、ラムズの話を聞くのは嫌だった。姉の口から出てくるラムズは、どうしようもなく男だったからだ。
僕だって男だ。姉が女であるから、いつかはわからないことがあるようになるとは思っていた。でも、心はいつもそんなお行儀のよい理屈じゃなくて、わかりやすい言葉をほしがった。
姉が一言、いってくれれば。
それだけで、僕は……。
ともかく、僕にとってラムズは敵だった。ラムズは、姉を誑かして知恵の実を食わせた蛇だった。ラムズがいなければ、僕はいつまでも自分と一緒にいられたのだ。
姉はなんどもラムズに会うように言うけれど、僕は意地でも会わなかった。
会わないつもりだったんだ。
鼻歌が聞こえる。あの日、姉はいつもより上機嫌に見えた。正確なところはわからないし、わかりたくもない。すでに姉は僕じゃないし、僕も姉ではなかったからだ。
姉が自分の部屋で、こっそり僕だけに見せてくれたのは、ひとつの石だった。
緑とも青ともつかない色は、木々の葉よりもみずみずしくて、空よりも滑らかだった。姉の手の中に大人しく収まる石は、夢見るような薄荷色で。僕はすっかり心を奪われてしまった。ずっと遠くにある海は、こんな色をしているのかもしれない。
ドクン、とひとつ脈打ったのは、手の中の宝石で。ずっと遠くから来た踊り子だって、こんなに目を引きはしない。またひとつ、石が脈打つ。
「もっときれいにしてあげたいの」
脈打つ石をひっくり返すと、くすんだ緑の石が張り付いていた。
こんなきれいな色なのに、こんなものがくっつくなんて。
こんなきれいな石なのに、何にも加工されてないなんて。
僕はタレアから石を受け取ると、ひとつ頷いた。久々にタレアを近くに感じられた。
でも姉はすぐにラムズの方に行ってしまった。僕は石といっしょに部屋に残された。
僕にとっての姉はわかるけど、姉にとっての今の僕は何なのだろう。
弟?
そうかもしれない。でもそんな話じゃない気がする。
ライバル?
違うと思う。僕はラムズに会ってないのだから、彼に恋のしようがない。
……程のいい小間使い?
そうかもしれない。分たれた僕を「自分のぬけがら」くらいにしか思ってないんじゃないか。
そう思うとふつふつと怒りがわいてきた。僕がこんなに悩んでいるのに、姉は男と一緒にいる。
手のなかの石がガリと音を立てた。
路地裏は昼間なのに薄暗い。建物のあいだにくぐもった靴音がこだまして、不気味さが増していく。行き止まりにあった葬儀屋は、本当に死者の国とつながっているかのように不気味だ。手の中の地図がくしゃりと歪んだ。
葬儀屋の奥の部屋。そこが姉のいう目的地だった。
「ど、う、して……」
「遅かったな」
がちゃりと最後の扉を開ける。部屋のまんなかにテーブルがあって、そこに姉がいた。仰向けになって、手足を縛られている。でも僕は姉なんかよりも別のものに気をとられていた。
銀と青。薄暗い光の下でもはっきりと分かる美しさ。陶器のような肌はまろやかに光を受けとめ、サファイアの瞳を眇めてこちらを見る。はじめて見たラムズは、たとえようもない凄艶さをもって、僕の心を縛りつけた。
「早く返せ」
なにを、と思う前に足がとまった。なんとかラムズから視線を外すと、足が凍りついていた。
なぜ? なにを? いつ? どうやって?
訳がわからないまま、手先も固まる。息を長くはき出した時にはじめて寒さを感じた。
言うことの聞かない手の隙間から、あの石が見える。姉に渡されたきれいな石は、極寒の中でも変わらずに碧をたたえていた。
カツカツと音がする。ラムズがこちらに歩いてきた。すらりとした長身には、いくつかのアクセサリーが揺れている。ふと、金持ちなんだろうなと思った。
ラムズは僕の手首を握ると、ぽきんと折った。信じられないという気もちと、凍っているから当たり前だという頭、理解が追いつかない心と、痛みよりも恐怖を伝えてくる身体に、僕はばらばらにされそうだ。
その間もラムズは指を折る。ぽきん、ぽきんと外していけば、肌色の蕾から美しい石が花を咲かせた。血さえも凍ってしまえば、肉体だってきれいなだけのオブジェとなる。
「ね、や、やめ……」
「やめない」
姉は懇願する。ただひとりの弟のために、なけなしの涙を見せる。だがラムズは姉の方さえ向かずに、僕から奪った石を眺めつづけている。
「私は、どうでも、いいの。でも、テレスだけは……」
「本当に?」
ラムズはゆっくりと顔を上げた。吊り上がった唇は愉悦に歪んでいる。
「お前は弟がわかってくれないと言ってたな。せっかくだから弟にも見せてやったらどうだ?」
がしと掴まれたのは首で。その時、体温のない手から、姉と僕はとんでもないものに捕まってしまったとわかった。凍っている足ごと引きずられて、姉の前に立たされる。叫びかけた喉はすでに氷で塞がれていた。
姉は微笑んでいた。両手足は縛られた上に鬱血しており、服は切り裂かれていた。右足と右腕の皮は剥がれて筋肉と腱がむき出しになっている。皮の内側には血管と白いものが貼りついていて、生々しい。無事な左側と比べるとなおさら目を背けたくなる。右頬と右目のまぶたは切り取られ、髪は頭皮ごとずる剥けていた。充血した目も、落ち続けるよだれも、目尻の涙も、何も隠せてはいなかった。
姉は絶望していた。僕は、僕の身体じゃないのに、ばらばらにされた痛みを感じた。つうと涙がほほを伝う。涙を受け止める手は、もうない。
「どう、して……」
半分の髑髏がしゃべった。
「宝石を盗んだから」
ラムズは微笑んだ。どこか茶目っ気があるそれは、とても魅力的だ。
「私は、盗んでなん、ごふっ」
「何か言った?」
変わり果てた姉が吐血してはじめて、僕はラムズに見蕩れていたことに気づいた。姉を傷つけたのはラムズなのに、この言い方は、とても意地悪だ。
「ラム、グっ……きね、んに……ゆ、ゆび……。宝せ、きれ……に」
「『宝石をきれいにしたい』と言ったか?」
姉は無言でうなずく。確かに石はまだ加工もされずに石のままで、別の色の宝石もくっついている不完全なものだった。
ラムズの笑みが深まる。本能が危険を告げていたーーラムズは怒っていた。何が理由だったかとか、どうして怒っているとか、そんなことよりも先に頭に浮かんだのは、「ここから逃げたい」だった。
「燐蛹石はとかく脆く変化しやすい。手に直接触れただけで変わっちまう」
ラムズはパラパラとかけらを落とした。姉の上に落ちたそれは、灰褐色に錆色と鳩血色をまだらに混ぜた汚水の色だった。
「こうなると宝石の価値はなくなる。お前は俺のものを盗んで壊した。『盗人には凄惨な死を』、だろ?」
「……!」
目はこれ以上見開けなくとも、姉がひどく驚いているのがわかった。
僕たちの母は、盗人に殺された。父は子どもに無関心で、僕たちは互いに支えあって生きてきた。憎んでも憎みきれない盗人に自分もなってしまったショックで、姉ははくはくと口を閉じたり開けたりしている。
ラムズは氷のかけらを生み出した。それを、姉の腹に押し当てる。
「ーー!?」
姉は叫ぶが、声は聞こえない。じり、じりりとラムズの手はよどみなく動き、姉の腹に消えない傷を残していた。ラムズは粛々と姉の腹に罵詈雑言を刻みつづける。このとき、姉の手足が少しも動かないのに気づいた。
「も、やッ、やめ……」
「どうして?」
ラムズは無邪気に聞き返した。僕は一瞬、姉のことも自分のことも忘れて呆けてしまう。ラムズにとっては色とりどりの花畑も、むごたらしい拷問もそれほど変わらないのかもしれない。
「『目には目を。歯には歯を』。宝石を穢したなら、身をもって償うのは当然だろ」
「こ、して。はや……こ、ろ、し……て?」
「ダメ」
不意にどきりと心臓が脈打った。姉のことはつらいし、僕も痛いし、寒い。でもそれ以上に、ラムズに惹きつけられてやまない。皮を剥がす手つきはどこか蠱惑的で、肉を撫でる氷の鋭さと嗜虐的な笑みは、死の間際までこの人に尽くしたいと思えてしまうくらい、魅力的だ。もっと姉のあられもない姿を見たい。もっと、ラムズを見ていたい。こんなに残酷な場面なのに、僕はどうかしてしまったのだろうか。そんなときに相談できる姉は、もう何も言わない。
さくと氷の刃が腹に入る。すっと下ろせばぱかりと腹が開いた。内臓はてらてらとにぶく光り、独特のにおいが鼻につく。
ラムズはまず、腸を取り出した。薄肌色に青緑の血管が這うそれは、力ないミミズのように横たわっている。
「『俺を受け入れたい』とか言ってたっけ」
氷の刃を少し伸ばしたと思えば、一気に股座へ突っ込んだ。内臓が裂け、先端が腹から飛び出して血が噴き出す。僕は目を覆いたい気もちと、ずっと見ていたい気もちのあいだで板ばさみになっていた。
そのままラムズはあざやかな手つきで赤黒い肝臓を切り分け、胆嚢を横に寄せると横隔膜を切った。
「お前は俺に惚れた。つまり、心を奪われたってことだよな。なら、これも俺のでいいか」
肋骨に守られていた心臓はまだ主を生かそうと脈打っていた。拳ほどの大きさしかないそれは少し暗い淡紅色で、いまラムズにちぎられたばかりの血管からだらだらと血を流し続けていた。滴る血がぴっとラムズの方に跳びかけた。
「か、して……」
「ああ」
ラムズはそのまま、引きちぎった心臓を姉の口に突っ込んだ。姉は口のはしから血泡を吹きながらはき出そうとするが、ラムズが上から押さえつけているので逃れられない。
「……!?」
「よく味わえよ?」
苦しげにもがく姉を楽しげに見つめるラムズは、魔物よりもなお恐ろしく、なお美しかった。最も美しいとされる使族でも、ここまでの美しさと残酷さはないかもしれない。
姉はもがきながら、僕の目の前で死んでいった。
「ああ、忘れてたが『目には目を』は対等な者同士で成り立つんだったか。もう少し苦しませればよかったな」
姉を殺したラムズは、天気の話をするかのようにそう言った。
そして僕に向き直り「次はもっとうまくやろうか」と微笑む。
僕はその瞬間、「恋」という病にかかってしまった。
※
僕の右半身が刻まれる。喉はすでに枯れつきて、ただの空気と血の通り道になってしまった。
ラムズによれば、姉はそれほど痛みを感じでいなかったらしい。最初から脊髄を傷つけて、身体の神経を奪っていたからだそうだ。それを聞いてほっとした反面、姉はもったいないことをしたなと思えてしまった僕は、もうどこかいかれているのかもしれない。ラムズから与えられるものが僕より少なかったんだから。
痛みと苦しみが同時に襲いかかってくる。そこに嘆きはなく、ただ罪とともに皮と肉が削がれていく感覚があるだけだった。いまラムズに道ならぬ恋をしてしまったのは、自分を守るためなのかと思うと、すべてがにせものに思えてくる。
あの石も、宝石なんかじゃなくてどうせただの色石だったんじゃないか。姉はラムズに恋をしていたのに、逃げようとしていたのは、恋が本物じゃなかったからじゃないか。
ラムズと僕、ここにはその事実しかなかった。
とうとう僕の内臓が切り裂かれる。腸も、肝臓も、腎臓や肺、心臓だって、姉のものと変わらない。男性の象徴も切り取られれば、僕は姉と何も変わらない。それをこの目で確かめられて、僕はとても安心した。なんだ、タレアも僕も一緒だったんだ。
切り取られた心臓を舐められたとき、どきりとしてしまう。死んだあと、姉と同じところにいけるのなら何を話そうか。今日は姉と挨拶もしてなかったから……。
「やっぱ、心臓なんかいらねえわ」
やっぱり、失恋の話かな。