宝石と死者の日
草間えのころ様による二次創作
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【?】
ハロウィン記念に書いてくださったお話です。
【キャラクター】
ラムズ
【訳者よりコメント】
ハロウィン感が満載で、愛殺にハロウィンがあったらこんなのありそうだな~ととても楽しくなりました。女の子の性格も結構すきです。オチのことや、今後のラムズのことを考えてニマニマしました笑。あとはやはり、ラムズが登場してるところはかっこいいし神秘的で好きですね……
一人称視点 / シリアス?
「ハッピー、ハロウィン!」
音楽に合わせてぴょんと跳ねる。耳元のピアスは私のお気に入り。小さいけどきれいな宝石が耳元でぶつかり合って音を立てている。
灯と闇、音と暗がり。古びた床は軋み、影の中で宝石の光が踊る。今宵はハロウィン、死者たちの日。しがない町娘のわたしも、今日は1人の魔女さまだ。
「やってるー?」
「やってるやってる。お誘いありがと」
「それほどでも」
えっへんと胸を張るのは、私をパーティーに誘ってくれた友達。首元にはきれいなエメラルド。宿屋の娘で、今日はこっそり抜け出して来てるんだって。後で怒られるとわかっていても、今日はめいっぱい遊びたいと言っていた。
夢を見に来たのはわたしも同じ。これから南に向けて麦の買い付けの旅に出なくちゃならない。だから、今日がこの町にいられる最後の日になる。
彼女は「あたしあっちで飲んでる。じゃねっ」と言って、くるりと別の方に行っちゃった。
どっちへ行こうかなと迷っていると、暗がりに誰かいるのに気づいた。こんなに楽しいのに、そんな端にいるのはもったいないと思って、わたしは声をかけてみた。
「あのー大丈夫ですか? 気分悪い?」
「別に」
銀と海。雲間の月が一瞬だけ照らしたのは、信じられないくらいきれいな人だった。喉とか服装で男の人かなって思うけど、人形とかも含めて、こんなきれいなものは見たことがなかった。
髪は艶やかかつ硬質な輝きがありながら何となく柔らかそうで、まるで銀を細い糸にして血を通わせた様な見事なものだった。たぶん伸ばして売るだけで結構儲かると思う。
肌は陽どころか月明かりにさえ当たった事がないと言われても信じるくらいに白い。でも何かの使族なんだよね。本当に生きているのかなって思っちゃう。目の下の隈もひどいから、暗がりでうとうとしていたのかな?
髪と同じ銀のまつ毛はだいぶ長くて、女子として負けたって思う。何がとは言わないけど。
ゆっくり瞼が開くと、わたしは思わず見入ってしまった。圧倒的な青。もし絵に描こうとしても、こんな色の絵の具なんて見たことがない。海は海でも、半月の出る夜中にさざめく水面みたいな密やかさがある。その色合いは、首から下げている宝石にそっくりだった。
「ねえ、あっちで踊らない?」
気がつけばそう提案していた。こんなきれいな人と踊れる機会なんてめったにないし、せっかくのお祭りなんだから皆で楽しみたかった。
「いいよ」
私が差し出した手に、白くてすべすべした手が乗せられる。ガラスみたいに壊れそうな見た目とは裏腹に、ちゃんと男の人の手だった。あとだいぶ冷たい。
すっと立ち上がるとわたしよりも背が高い。でも、海の男達の荒々しさも、運び屋達の暑苦しさも、農家の男衆のがさつさも、何もなかった。男なら胸や尻に視線を向けてもいいものなのに、それもない。やっぱり使族なのかしら。それも、恋愛感情のないタイプの。
美しい彼が見やるのはわたしの手と、顔ばかり。こんなきれいな人に見つめられると何だか照れちゃう。ぷいとそっぽを向いて、明るい方へと手を引いた。
彼が踊りの場に入ると、周りがはっと息をのむのが分かった。彼は美しすぎるからこそ、壁の花を気取っていたのかもしれないと思った。これだけきれいな顔をしていると、踊りに引っ張りだこで休む間も取れなさそうで。
わたしと彼の間に、言葉はいらなかった。彼はわたしの望むまま、わたしを導いて支えてくれる。見よう見まねの踊りだったけど、彼のエスコートは完璧だった。今宵のわたしは魔女だけど、まるで彼が魔法使いみたいね。
一通り踊って、彼はわたしの手を引いた。歓声に包まれながら、月明かりのバルコニーまでコツコツと歩いていく。男性なのにこんな華奢で高いブーツを履いているんだ。本当にお人形さんみたい。
彼は月明かりを背に、静かな微笑を湛えた。
「あ……あなたとの時間は、本当に夢みたいで」
つい口をついたのはそんなつまらない言葉。
続けて「わたしはサリマ。あなたは?」と聞くと「ラムズ」と返ってくる。わたしはつい、くすりと笑ってしまう。彼がどことなく怪訝そうに眉をしかめるので、
「いままで名前も知らなかったのね」
と、話せばラムズは「そうだな」と言った。そんな他愛のない会話が逃したくない夢のように愛おしかった。
でもラムズは違うみたいで、わたしの会話の切れ目を探してここから立ち去ろうとしているのが分かった。
「ねえ、ここであなたに会えたのって偶然?」
「どう思う?」
「ううん……わたしは運命だと思うの」
「だから?」
「だから……」
どうしてもラムズを引き留められる言葉が見つからない。ラムズは今もわたしを見つめている。夜の潮風に揺られてピアスがぶつかる。このまま夢が終わるくらいならと、勢いに任せて口を開いた。
「これ。わたしの事、覚えといてよ」
わたしは左耳のピアスの飾りだけを器用に外し、ラムズに差し出した。ラムズは丁寧に受け取ると、しばし飾りの宝石を眺めていた。月明かりの下で表情がよく見えない。
「ラムズ?」
わたしが彼を覗き込むと、ラムズはすっとわたしの肩を抱いた。驚きのあまり硬直するわたしに、一言。
「じゃあ、またな」
あのきれいな顔が迫ってくる。一瞬、甘やかなキスが来るのかと思った。だけど顔は少し横にそれて、耳元に楽器のような声音だけを残していく。遅れて右耳の痛みに手を触れれば、指先は生暖かな血で濡れていた。
「待っ……」
伸ばした指には既に何もなく。つい先ごろまではめていた指輪もラムズと共に煙と消えた。
ぼたたっ、と床を叩く雫は、確かにわたしから落ちた血だった。右耳のピアスのあたりが肉ごと欠けている。
「え、やばっ」
こんな傷じゃのんきに踊ってもいられない。せっかくの服に血が染み込むのは嫌だ。わたしは友達に声をかけるのも忘れて、慌てて会場を出て行った。
家に帰ると母が血相を変えて駆け寄ってきた。なんでも小さな装飾品が見つからない事件が相次いでいるとか。わたしの耳元を見てまた驚いた母は今日説教する気がなさそうで、わたしはちょっと安心した。
わたしの耳を齧りとったのはラムズ以外に考えられない。だけど、ラムズを怒ろうにも記憶の中の顔が良すぎて怒るに怒れない。今度会えたら、一言文句を言って、それで終わりでいいかもと思えてしまうわたしは甘いのかもしれない。
片耳だけ残ったピアスの残骸が、ラムズとお揃いと考えればちょっと悶えてしまう。耳の痛みもなんだかラムズがわたしの記憶に焼きつけるためかなと思うと、ちょっといいかなって感じちゃう。
なんだろうな、特別なものと関わると、わたしも特別になった気持ちになる現象なんだと思う。
「でも、なんで宝石?」
自問自答してみて、ふと、あの子が誘ってくれた時の事を思い出した。
※
「ねぇねぇ、あなたも来ない?」
「えー、いかないよ。そんな場所」
お昼休みに駄弁りに来たわたしに、あの子はハロウィンの話を持ちかけた。
なんでも今年のハロウィンは宝飾品を身につけて踊ると、フシューリアのマントの下に入れるかもって話。デスメイラのお祭りが近づくこの時期は、けっこう行方不明になる子がいる。
フシューリアのマントの下ならば、デスメイラの目は届かない。だから町の若者はみんなで騒いで踊って夜を明かして無事に生き残ろうとする。
「お化けなんかいる訳ないじゃん。何かの魔物を見間違えたんじゃない?」
「これがいるんだよ。何か『この世のものとは思えない様な姿』なんだって」
「へー」
「まぁお化けはどうでもよくて、ただ集まってワイワイするだけだから。あんたももうすぐ南に行っちゃうんでしょ、最後に楽しんじゃえよ」
「うーん、考えとく」
※
わたしを誘ってくれたあの子が行方不明だと聞いたのは、次の日の昼ごろだった。
わたしの手をとって、わたしと一緒に踊って、わたしの宝石を奪い去ったラムズ。ラムズと過ごした時間はとても短い夢のようで。
この世……宝石……そしてラムズ。
ふと。
もしかすると、ラムズは本当はお化けだったんじゃないかと思いついた。
だからああして宝石を欲しがっていたし、宝石を持たないわたしには興味を失っていた。顔も青白くて、手も冷たくて、何よりも作りものめいて整っていた。
確か、あの子はエメラルドのチョーカーをしていたっけ。わたしはピアスごと耳を齧られたけど、首だと……。わたしはそら恐ろしくなって考えるのをやめた。
あれから一年くらい経った。そろそろまたハロウィンの時期になる。あの時の記憶は今でも鮮明で、まぶたを閉じるとラムズが浮かんでくる。
欠けた耳を触るたびに、ラムズを思い出す。彼への想いはわたしの中でどんどん膨らんでいって、今ではもう、痛かった記憶よりも会いたい思いの方が強い。
「ねえ、ハロウィンのパーティーに参加しない?」
「おー、楽しそう行く」
「ねえ、明日の夜パーティーはどう?」
「いいね、どこでやるの?」
もう一度ラムズに会うためにはどうしたらいいんだろう。わたしはずっと考えて、そして思いついたのだった。
「場所はここの酒場ね。くれぐれも宝石を忘れないように」
もしラムズがハロウィンに出てくるお化けなら、会った時と同じことをすればいいのだ。
宝石を身につけてパーティーをすれば、もしかしたら、会えるかも。
「Trick or treat?」