彼女と彼と死と
【二次創作】
草間えのころ様による二次創作
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※二次創作は、あくまで書いてくださった方のイメージするキャラクター、ストーリーです。作者が公式設定として認めたわけではなく、紹介しているという形であることにご注意ください。
【?】
彼氏が死んだ女の子とラムズが会話をするお話です。
【キャラクター】
ラムズ
【訳者よりコメント】
ほどよいバランスのシリアス感がとても好きです。あとは難しい話題について取り扱っているにもかかわらず、愛殺らしい神様の話や、ラムズの思想などがすごく素敵で幸せな気持ちになりました♡ 限界までラムズのことを丁寧に解釈してくれているんだな、とわかる作品です。隠された意味や訳者に対する愛まで込められていて、もはやラブレターだなと思いました笑。ありがとうございました!
一人称視点 / シリアス
きのう、大事な人を失くした。
「ああああぁぁぁぁああ!」
私の慟哭は、聞くに堪えないものだっただろう。
私の心は、見るに堪えない傷があるのだろう。
でも、私には分からない。
わからない。
……わかりたくない。
喪服を買った時はそんなことを考えなかった。ただ、必要だからと買い与えられただけだった。
誰も教えてくれなかった。
こんなにも、死が悲しいことだったなんて。
こんなにも、死が理不尽なものだったなんて。
人が死んでいた。いつも、今も。それは悲しいことで、それはひどいことで、私の心はつきんと痛んだ。
死を、見たくなかった。
死から、遠ざかりたかった。
……死が、怖かった。
他人の死は、結局は遠くのものでしかなかった。私が向き合う必要のないものだった。死から離れれば、いつもの日常に浸れた。
でも、今は違う。
死は、私の周りに溢れていた。
目に入るもの全てに喪失があった。玄関に、食卓。居間に自室。そして、何よりも……私の隣に。
かなしい。
つらい。
いたい。いたい。いたいいたいいたいいたいあいたい!
「しにたい」
擦れた声は、厚みのない布団に吸い込まれていった。
黒いばかりの何かが、私の前に現れた。何も映さない黒い目だけがこちらに向いていた。
「死にたい?」
それが首を傾げる姿は、どこかクロウに似ていた。道を聞く様な軽さには感情もなく、人間味もない。
「死にたい?」
それは聞こえていないと思ったのか、自分の言葉をおうむ返しにした。
「あなたは、だれ?」
私は霞かかる頭と枯れた喉から、萎びた声を絞り出した。
「誰だと思う? 何だと思う?」
それの声は親しみがあるようで、距離があり。
それの姿は見たことがあるようで、見たくなくなり。
それの言葉は耳に染み込むようで、聞きたくなかった。
はっと顔を上げた私に、それは親しげに頷いた。
それは、死であった。
「どうして、わたしのところに」
「死にたいって、言わなかった? 思わなかった?」
大事な人の死は、私を死に近づけた。現在進行形で、私にいつまでも死を見せつけている。何度でも、繰り返し。時と場所を変えて。
あれだけ嫌っていた死は、今や隣人のような存在になっていた。
「あの人のところにも行ったの?」
「そうだね。君の大事な人は、死んだよ。この手を取って、死んだんだよ」
悲しみの洪水で流された橋脚は、またもや津波によって決壊した。
瞼を閉じても追いかけてくる死は悪夢のようで、私はずっと逃げ回っていた。無理やりに目を開けさせて、耳栓を取られて、体を拘束されて、それでも追いかけてきた死は、私の胸に突き刺さった。これで何度目かもわからない。
胸からはどくどくと、見えない血が流れ続けている。
「『しにたい』」
死は、私の声で喋った。
「『もう泣きたくない。つらい。苦しい。死んだら、もう苦しまなくて済むのかな。どうして彼は死んじゃったのかな。辛かったのかな。私の……せいなのかな。どうして、何も言ってくれなかったの? どうして、どうして……。ねぇ、こんなことを考えるのって、私が人間だからなのかな。誰か教えてよ。どうしたら、彼が帰ってくるのかな。どうしたら、苦しくなくなるのかな。……彼も、こんなに苦しかったのかな。……。…………。……。しにたい』」
アルティドなら、私の心を鎮めてくれるのかな。セーヴィなら、この雷雨を収めてくれるのかな。ポシーファルなら、悲しみから同情してくれるのかな。テネイアーグは、私の愛を認めてくれるのかな。フシューリアは、命を捨てた彼に呆れるのかな。どうしたら……デスメイラは、彼を返してくれるのかな。
どうして私は人間なのかな。
もし私が心のない使族だったら、悲しみさえ覚えなかったかもしれない。
もし私が化系殊人だったら、悲しみを失っていたかもしれない。
こんなにも中途半端に神々に気にかけられて、中途半端だからどちらにも行けずにもがき苦しむのは、人間だからだと思う。
そんな中でもミラームだけは、淡々と時計の針を進めていくだろう。
時の流れはとてつもなく残酷で、でも、本当に人の心を癒せるのはミラームだけ。人間に見向きもしない彼だけだった。
「ねえ。死にたい?」
それは、死は答を待っている。死にありつくための許可を待っている。それが分かっていても。目の前の死が凶兆と知っていても。
私には匣の底に残った希望に見えたのだ。
「し、に……っ」
冷たい手に口を塞がれて、残りの言葉は飲み込んでしまった。
「お前、本当に死にたいのか?」
見上げた私の目に飛び込んできたのは、青空よりも硬質で、海よりも透き通った青で。
どんな陶器よりも滑らかで、珠のような白い肌。青い目の下の隈に、月光を撚り合わせて作ったような銀の髪。
私のあこがれが、そこにあった。
「そうだよな」
私は、知らない内に首を振っていたらしい。美しい彼は私の否定に、俄に微笑む。美しい顔に見惚れている私をよそに、彼はこう言った。
「──だそうだ。失せな」
銀髪の彼は、鴉にそう告げた。だが黒い男は、私堰を切ったように私の心を吐き出し始めた。
「『目には目を。歯には歯を。そして、死には死を。彼の死には、私の死。じゃないと釣り合わない。償えない。私、生きるの? 生き残って、彼に悪いと思わないの?』」
「死が死でないと釣り合わないなんて誰が決めた? フシューリア、それともデスメイラか? 少なくとも俺は聞いたことがねえ。はて、人間が罪悪感で死ぬ生き物ならとうに絶滅してる」
「『じゃあ……私が流した涙は、誰のためだったの? 私のため? それって、私の醜いエゴなの?』」
「お前がお前のために泣いたんだ。大事な人間が死んだ時、残された人間はそいつと共有した時間、相対した時の感覚や感情……つまりは己の一部を失うらしい。それはそれは痛くて辛いとか」
「『ねぇ神様。彼ともういっかい話させてよ』」
「死んだやつとは会えない。早く忘れたら? あいつはお前のことを裏切ったんだろ。お前と彼氏は依存し合っていた。今はもういないんだから、自分のために生きればいい」
「『彼はこの優しくない世界に殺されたんだ』」
「人間は自分のためだったらなんでもやる連中だ。当然、そんな集まりがまともなわけがねえ」
「『死んだらさ、あっちの世界に行けるんだよね。ねぇ……彼に会いたいよ。ラムズに会いたいよ』」
「お前はその世界でちゃんと生きろよ。死んだらこっちの世界に来い。お前の彼氏と歓迎してやるよ」
「うぅぅぅ……ぁぁぁぁあ……」
ぜんぶの言葉を使いきった後に残った怒りや憤り、悲しみや嘆きがないまぜになって、口から漏れていった。
黒い服で泣き崩れる私の肩を、ラムズは何も言わずにずっと支え続けた。
※
泣き過ぎた次の日は頭痛がする。目も腫れて開きづらいし、涙が通った頬はガビガビに乾燥するし、食いしばった歯は筋肉痛になるし、瞼も腫れぼったくなってヒリヒリする。
いつもはそれと共に重苦しい感情がのしかかってくるのだが、いくら身構えていてもそれが来る様子がない。
今日は私の大事な人を見送る大事な日だ。
彼は、何も言わなかったけど、私が泣いている姿ばかりを見たいとは思っていないはずた。
彼は、何も残さなかったけど、私と過ごした日々を楽しいと思っていたはずだ。
彼は、何も言わないけれど、私に生きて欲しいと願っているはずだ。
それが私の錯覚であっても、それでいい。
だって、彼は二度と私の思い違いを訂正できない。だから、私が自分の良いように思い込んでも、いいはずだ。
木製の扉はいつものように立ちはだかって、私は、一人でその門をくぐって進んだ。
※
またひとつ、契約を果たしたラムズは手の中で輝く宝石を見下ろした。
この宝石は、人がその命を捧げた時に最も輝く。魂、のようなものがあるのだろうか。彼はこの宝石を50年輝かせる代わりに、彼の大事な人の心を救って、あの世界で生き続けられるようにして欲しいと頼んだ。ラムズはそれを遂行したのだ。
安らかに眠る彼女を見届けたその宝石は、今は落ち着いた輝きを放っている。
ラムズは何も言わずに宝石達の手入れを続ける。そこには、金の鎖で作られた小さなサファイアのネックレスもあった。
彼女が、飾られた宝石がなくなったのに気づくのはまた後の話である。