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愛殺 ─あいころ─ 二次創作集  作者: 愛殺読者様
13/28

第19話 正体 -remake-

【半二次創作】

・Twitter企画[#みんなの小説を私の文体でリメイク]より

 村川由月様による本編「第19話 正体」リメイク


参照『#みんなの小説を私の文体でリメイクする 「愛した人を殺しますか?――はい/いいえ」』

▶https://ncode.syosetu.com/n9818es/


【キャラクター】

ラムズ、メアリ、ロミュー



#Mメアリ視点 アレンジ/リメイク

「こいつ! 人魚だ!」


 強制的に捲り上げられた袖の下には、本来人間であれば存在し得ない物が並んでいた。


 ───鱗、だ。


 わたしの腕からは、爪の大きさ程の鱗がびっしりと生えている。キラキラと太陽光に照らされたそれは、角度によってオパールのようにも、サファイアのようにも見えた。

 人間が持ち得ない鮮やかな青を見て、少年の瞳は侮蔑の色を強くする。背中を冷や汗が伝った。


 ────わたしがいけなかったんだ。



 この船には、ラムズやジウがいる。それに、乗員にはルテミスも多い。人間離れした面々が多い環境下で、人魚だと露見する危険性をすっかり失念していた。迂闊だった。

 クラーケンとの戦いでは、歌の能力を使ってしまった。更に、昨日はロミューたちが海の崖に落とされないよう波を操った。そうやって彼を船まで運んだのである。


 どの行為も、皆を助けるために行った。しかし、一度正体が露見してしまえば、わたしを助ける者などいるはずが無い。


『人魚は歌で人間を操る力を持っている』


 人間の中には、事実無根にも関わらず──そう信じて疑わない者たちがいる。私の鱗を見て顔を歪ませた少年も、その中の一人なのだろう。

 クラーケンとの戦いを見ての通り、わたし自身は歌で生物を操ることが出来る。しかし、それは人魚の能力ではない。

 ラムズに感づかれ指摘された通り、この力は神力だ。わたしは稀に見る、依授された使族──つまり、人魚の神力持ちだった。



 再度腕を振りほどこうとしたが、少年の手はわたしの腕を掴んで離さない。それどころか、抵抗する私に比例して込められる力が強くなって行く。そこには、『逃さない』という明確な意思が存在した。

 石を投げつけられるまで、この拘束は外れる事がないのだと察する。


「なんでお前足があるんだよ! おかしいだろ! 船から出ていけ!」


 少年は感情を露わにして叫ぶ。反応を伺うように周囲を見渡すと、思ったよりわたしを睨む船員は少なかった。人魚に負の感情を向けるのは人間だけだからだ。ルテミスや獣人は、なぜわたしが睨まれているのかすら分かっていないという顔をしている。

 ルテミスは元は人間だし、きっと憎んでいる気持ちも昔はあったはず。しかし、ラムズの言う通り、人間だった頃の感情を忘れたのかもしれない。


 わたしは小さく溜息を吐く。

 彼の望み通り、船を下りようと思う。だから、その腕放して欲しい。

 わたしはもう一度抵抗を試みた。しかし、腕を拘束する力が緩むことはなかった。

 魔法なんて、こんなところで使いたくないんだけれど。それも視野に入れなければならない。


「人魚だ! お前らも石とか、投げろよ!」


 少年は睨んでいる人間たちに向かってそう言った。そして掴んでいなかった方の手で、今度はわたしの鱗に手を伸ばす。そのまま強い力で引っ張られ、剥ぎ取ろうとしているのだと分かった。

 ビリリとした痛みが全身を走る。


「い、痛たっ……。やめてよ!」


 鱗はそう簡単には剥がれない。例えるならば、爪のようにしっかりと皮膚にくっついている。想像してほしい。生爪を引きちぎるように剥がされる痛みを。今わたしが受けているのはそういう類の苦痛だった。

 与えられる苦痛から逃れるため、わたしは躍起になって少年に抵抗する。


「人魚は鱗を剥がして殺すんだ! それが常識だろ!」


「……っ、そうだ! なんで人魚が船に乗ってるんだ! 人間の真似をするな!」


 負の感情は次々と飛び火して行き、ついに周囲に居た他の人間たちも一緒になって騒ぎ始めた。

 本当に、いやになってしまう。



 ───わたしは人魚だ。



 その証拠に体の至る所に鱗があるし、以前は人間の足の代わりに魚のような尾が付いていた。そして人魚は、波を操ること、同じ人魚の仲間と嵐を鎮めることができる。魚の声や、クラーケンの雰囲気が感じられるのも人魚であるおかげだ。

 今はこんな体だけど、泳ぐのは得意だし、海の中では普通に息もできる。


 人魚が恨まれるのは、人間に誤解されているからだと認識している。

 海で嵐が起こることも、船が沈没するのも、クラーケンが現れることも────。全部わたしたちのせいだと思われている。クラーケンは水の神ポシーファルのせいだということはみんな知っているけど、人魚も関与していると思われているのだ。

 どうしてこんな誤解が生まれたのか理解できない。しかし、遥か昔からそう思われているのだ。わたしにはどうにも出来ない。



「手を放して! 船から下りればいいんでしょ! 下りるから放してよ!」


「下りる前に鱗を剥がすんだよ! 人魚のくせに抵抗するな!」


 少年は懸命に鱗を剥がそうとする。しかし、わたしも痛みを与えられると分かってそれを享受する気はない。懸命に抵抗をしているお陰で、力は拮抗していた。しかし、他の人間が加勢すれば、それは呆気なく崩れ去るだろう。

 終焉はかなり近くまで来ているようだ。状況が悪化していく。

 人間たちは、わたしに木々を投げ始めた。驚いて目線をそちらに向ければ、甲板にある修繕用の木材を使用しているのだとわかった。わたしを害そうとする人間の数は、一人一人と増えていく。


「痛い! やめてよ!」


 そう言うのは逆効果だった。攻撃が効いているのだと判明し、彼らの行動はヒートアップしていく。

 同じく差別対象になり得る獣人は、わたしに同情の目は向けても助けてはくれない。

 それは当然の事だった。

 わたしを助けたら、当たり前のように獣人も攻撃対象となる。


 わたしは、目の前で起こっている光景をぼんやりと眺めた。わたしだけ違う船に間違えて乗ってしまったのではないか、そう考えてしまう程の惨状だった。

 冷ややかな人間たちの視線と、赤い帆に妙な温度差があって、それがなんとも気持ち悪い。どう対処して良いのか考えあぐねる。



「おい。何やってんだ?」



 怒号の飛び交う中、ラムズの声が響いた。

 冷気をはらんだその言葉に、一瞬で辺りが静まり返る。今まで罵声を浴びせながら物を投げていた人間たちは、冷や水を浴びたように表情を固まらせていた。

 誰もが凍りついたように立ち尽くし、ラムズの質問に答えない───と思ったが、わたしの正体を暴いた少年が叫び声を上げた。


「こいつ、人魚なんだ! だから罰を受けさせる。これが証拠だ!」


 少年は、わたしの腕を無理やり高く上げさせた。鱗が光に反射して、青みを変化させながらキラキラと輝く。


「ああ?」


 ラムズは冷たい視線で一瞥すると、わたしたちの方まで歩み寄る。そして少年の腕をこともなげに掴み、思いっきり締め上げた。少年は慌ててわたしから手を放す。


「痛いだろ! 何すんだよ!」


「お前こそ何してんだ? 掟を忘れたか? 人魚に暴行を働いた者は死刑だ」


 そういえば、そんな掟があったと今更ながらに思い出した。変だとは思っていた。しかし、それは本当に効力があるのだろうか。

 というか、死刑だったっけ?もう少し罰は軽かったような。


「そんな……そんな掟が通るわけないだろ! 人魚は死刑だ!」


「ここは俺の船だ! 俺の掟を守らねえなら船から下りろ」


 ラムズはそう言うと少年の肩を押して床に倒した。見事な早業だ。

 少年は下からわたしを憎々しげに睨んでいる。

 ようやく解放されていた腕を、わたしはじっと見つめた。剥がされそうになった鱗の部分がジンジンとする。思い切り掴まれていた所も痛い。


「こんなのおかしいやい! 人魚なんてただの魔物だ! 汚い鱗を剥がして人間のために使うんだ!」


 少年は叫ぶと、急に体を起こした。そして、攻撃対象であるわたしに突進してくる。わたしが避けようと体をひねる前に、ラムズが少年の両腕を掴んだ。


「おい」


「いいいい、痛い!」


「もう一度言ってみろ」


「や、や、やめてよ…………」


「もう一度言ってみろよ!」


 ミシミシと骨の軋む音が聴こえそうな程、ラムズは彼の腕に力を込める。鬱血した手が徐々に赤黒くなっていく。しかし、少年が怯えているのはその行動からではない。ラムズから放たれている殺気に肝を冷やしているのだ。近くにいるわたしも、鋭利な刃物を首筋に当てられているような殺気に身をすくめる。



「せっかく見逃してやろうと思っていたけどな。気が変わった。お前のことは殺す」


「……な、なな、なんでだよ! うう、お、下ろすだけってさっき言った、だろ……。オレは何もしてない……」


 少年は口をパクパクさせて、か細い声でそう言った。先程までの勢いはもうなくなってしまっている。あれだけの殺気を向けられたのだから仕方がないだろう。腕は解放されているにも関わらず、少年はそこから一歩も動けない。


 ラムズの怒気は、一目瞭然だった。こんなに感情をあらわにするなんて、彼らしくないと感じる。それに。どうして、当事者のわたしよりも怒っているのだろう。



「何もしてない? 何寝ぼけたこと言ってんだ? 俺様がじきじきに教えてやるよ、お前の罪状をな!」


 ラムズはそう言うと、少年の右手を鷲わし掴みにした。そして、空いている手でカトラスを出す。少年を含めたその場にいる人間たちは、氷漬けにされてしまったようにその光景を見ている。

 凍てついた視線が少年を貫いた。


「まず一つ、鱗を剥ごうとしたこと」


 ラムズはそう言うと、カトラスで彼の指を全て切り落とした。


「い、いああぁぁあぁああ゛」


 つんざくような絶叫と共に、物に成り果てた指が落ちていく。骨と肉が覗く断面からは血が止めどなくあふれ、辺りに広がっていった。こぼれ落ちた血液で、床が徐々に赤く染まっていく。

 ラムズは少年の右手を投げ捨てるように放すと、今度は左手を掴む。


「次に、鱗を汚いと言ったこと」


「あ、あぁぁあぁぁぁあ…………ああ……」


 今度は、少年の左手の指が切り落とされた。

 彼は立っていられなくなり、床の上に崩れ落ちる。甲板に撒かれた血液にまみれ、彼の顔や体はぐちゃぐちゃになっていた。

 ラムズは汚れるのも構わず、彼の腕を掴んで膝立ちをさせた。血液と共に命が溢れ落ちてしまった少年は、されるがままになっている。虚ろな目は、もうどこも見ていない。


「最後に、俺の宝石を汚したことだ!」


「あっ、う゛っ……」


 カトラスが少年の腹部に刺さった。どくどくと脈に合わせて血液が流れ落ちていく。そのままラムズがカトラスをひねると、最後にびくりと体を震わせて少年の力が抜けた。命尽きたのだろう。

 ラムズが腕を離すと、弛緩した体は重力に従って床に叩きつけられる。大きな音を立てて、甲板の上に死体が転がった。


「これだけで済んだことを光栄に思え」


 ラムズは吐き捨てるように告げた。

 これでもまだ足りないのか。わたしは密かに失笑する。


 周りでその光景を見ていた人間たちは、ガタガタと震えている。歯の根が合わず、ガチガチと音を立てている様子を見て、極寒の地に裸で来てしまったかのようだと思った。

 わたしとしては、憂さ晴らしができて嬉しい。しかし、敵を作ってしまったようにも感じる。

 そして。最後の「俺の宝石」って何かしら。わたしが宝石、ということなのだろうか。


 体の芯まで凍えたかのような船員たちとは対象的に、ラムズはやり場のない怒りを必死で抑えているように見えた。激情の炎を宿した青い眼は、飢えた獣のようにぐるりと周囲を見渡す。そうやって怯える船員たちを一人一人確認すると、その眼つきを更に鋭くさせた。ドスのきいた低い声が空気を震わせる。


「──おい、お前らも船から降りろ」


「待って。わたしが下りるわ。その方がみんなもいいでしょ」


「メアリは下りるな。俺は人魚が好きなんだ。俺はあんたが人魚だと知ってて船に呼んだんだ」


 ラムズがそう言うと、周りの人間は信じられないという表情を彼に向けた。わたし、嫌われすぎなのではないだろうか。


「おい、お前船から下りろ。お前もだ、お前も。メアリに石を投げたやつは全員船から下りろ。分かったか、今 す ぐ だ 。ロミュー」


「あいよ」


「待ってよ! そんなにたくさん下ろしたら船員が足りなくなるでしょ!」


「メアリに暴行を働くやつなんていらねえよ。はやく船から下ろせ!」


 ラムズはどうしてこんなに怒っているのだろう。

 もしかして、私が好きとか?

 それとも、私がいじめられていたから助けてくれたの?

 分からない。


 ロミューや他のルテミスたちによって、海に落とされる人間が選抜され終わる。彼らは海のど真ん中──陸地が全く見えない海へ落とされることとなる。今それを実行すれば、溺死するのは目に見えていた。死刑と変わらないだらう。


「待って。下ろすのはあとでにしましょ。トルティガーにもうすぐ着くんじゃなかった? そこで下ろしてあげましょうよ」


「こいつらに同情すんのか?」


「同情じゃなくて、ここで海に落として万が一生き延びたら、わたしの評判が更に悪くなるじゃない」


 別に、わたしは彼らが死んでも何とも思わない。私に敵意を向けて来た奴らだ。

 しかし、人間には団結力がある。万が一を考えると、ここで少しでも遺恨を残さないよう振る舞った方がいい気がする。


「今下ろさないのか……。でもたしかにあんたの言うことも最もか。ロミュー、そいつらには目印でも付けとけ」


「あいよ」



 石を投げた人間たちは、みんな片方の手首を縄で縛られた。元々シャーク海賊団にいた「人間」という使族の内、そのほとんどが石を投げていたようだ。その中には、無人島で一緒だった人間も含まれていた。

 人魚って本当に、人間に嫌われているらしい。今まで仲良くしていた船員が、手のひらを返して嫌悪感を向けてくる。

 だからといって、傷ついてはいられない。いつものことだし、仲良くしていたからってたしかに憎い使族なら仕方がない。そういうものだ。



 ラムズは縛られた人間の方へ、再びよく通る鋭い声を放った。


「今度メアリに何かしたら死刑だからな。物を投げるだけでもだ。海から落とすんじゃなく、殺 す 。分かったか?!」


 彼の言葉には、それ以上の意味が含まれているような気がした。ただ殺されるだけでは済まされないと思わせる程の感情が、彼の声色や目線の端々から感じられる。

 まるで瞳から冷気を放つ火花がばちばちと散っているようだ。目線の先にいると凍傷になる程の恐ろしさだった。底冷えする声も、全身を震え上がらせる物だ。関係のないわたしまで背筋が凍りつく。


 ラムズは私の方を向くと、乱暴に捲られた袖を丁寧に戻してくれた。固まったままのわたしは、おとなしくされるがままになっている。優しく労わるような手つきが、なんというか───不気味だ。

 先ほどの人物像と一致しない。

 袖口を整えると、ラムズは顔を上げてわたしと視線を交わせた。


「来い」


「え? あ、はい」


 腕を触っていた時とは違って、有無を言わさぬその物言いに思わず頷いてしまった。

 ラムズに腕を引かれ、わたしは船長室へ連れていかれる。

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